空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能
6 他生の縁 
 
 由乃のブログ「6文銭を用意しておこう」は、冥土に行くときに必要とされる金のことをタイトルにしてある。
70前に脳血栓で倒れ、幸いにも後遺症もなく生きながらえてる日々のことを綴ってきたが、最近は自分史の編纂に本格的に取り組んでいた。それを今度は連載小説としてブログに投稿し始めた。
生い立ちから結婚、そして離婚後は息子との葛藤。それらを小説というよりは、独白という形で載せている。
そのブログを更新するときは自宅ではなく、図書館でやっていた。ちょっとしたことはネットで十分だが、昔の人間というのはネットよりはきちんとした文献のほうのが信頼がおけるのだろう。
そのブログの更新で時間を割いているため、このところ由乃は春樹の弁当や夕食をつくれないことが多い。
「春樹。今夜何か食べたいものあるかい?」
「いいよ。自分でつくるから」
「悪いね。ここんと頃ちょっとやらなきゃいけないことが多くて」
「仕事も暇だし、別にいいよ」
「また、暇になったの?困るね」
「そんなこといったってしょうがないだろ。文句あんなら馬鹿な政治家にいえよ」
 春樹はこれまで何回か仕事先を変えてはいるが、一貫して塗装会社ばかりに従事してきた。それは彼の自己都合で辞めたわけではなく、仕事がないので必然的なことなのだ。
なぜ仕事がないのか?
それを春樹にいわせれば、新建材を多用した住宅が増え、塗装自体の仕事量が激減した。天然木材を使用する従来の建築だと、火災が起きたときに近隣に飛び火してしまう。それを防ぐために建築法では極力耐火材を使用するように定めている。そればかりでなく、外壁のモルタルは塗装の必要がないタイルやサイディングが主流になりつつある。
昔なら、窓枠や建具などすべて刷毛塗りだったが、アルミサッシュやフラッシュドアのよう合成樹脂を施した化粧板に取って代わられている。上がり框や床柱は勿論、板の間さえないのがごく普通の建築事情だ。
そういう現状の塗装業で忙しいのは大手ゼネコンなどの下請けをしているところだろう。春樹はそういう現場の仕事を専門にしているところへ1度行ったことがあるが、2度としたくないと思った。
だから、暇になれば、他の一般住宅をやっているペンキ屋を渡り歩いてきた。だが、今回暇だといっても、親方の三村は仲間との繋がりもあれば、自ら店のホームページを公開してることもあり、春樹としては楽観視していた。
「心配すんなって。金だってちゃんと入れてるし、自分のやりたいことやってりゃいいよ」
「そうかい。じゃ、仕事行くからね」
「あー」
 由乃が出て行くと、春樹は朝からビールを飲んだ。
 仕事がないとはいえ、1日出れば15000円を稼ぐ職人だ。今月だって、20日近くの出面がある。暇なときは身体を休める意味で、寝起きにビールを飲んだところで罰はあたらないだろう。
 そんなことを思いながら、春樹は潤に電話をかけている。
「何やってんだい?」
「今起きたのよ。この電話で」
「そっか。起こして悪かったな」
「別に。もう起きないといけない時間だし」
「それより、こないだ金峰山行ったときのやつ、アップしといたよ。潤のは目線なしでそのまま晒してやった」
「えー。駄目だって。削除してよ」
「可愛く撮れてるからいいだろ」
「もー。勝手なんだから」
そういいながらも、潤はマウスを動かしながらブログにアクセスしている。
「おー。なかなかいいねー」
「だろ。本当はヌードのっけたいけどな」
「馬鹿なこといってるよ。あのさー。さっき、村井さんの夢見たよ」
「どんなやつだか当てようか?エッチしてるときのだろ?」
「もー。そんなんじゃないの。一緒に槍ヶ岳に登ってるやつだって」
「へー。おりゃまた、子供でもできたのかと思ったよ」
 潤は妊娠してないかという不安はあったが、まったくないので安心してるところだった。
「それより、あたし就職決まったよ」
 出版社に内定していたが、製品のロゴなどをデザインする会社に決まったのだ。
「貿易会社のクライアントが多いから、あたしのデザインが利用されたら世界的に有名になるかもね」
「寝言は寝てからいってくれよ」
 そんな他愛のない話を終えた潤は、就職先の担当者と昼食をする予定があった。
 
 すらっとした美人で長田由紀と名乗る女性に、潤は同姓でも憧れを持てそうな彼女に親しみをこめて挨拶した。
「課長があなたがこの会社でやっていけるかどうか、少し案内してっていうことなの。ざっと見回してきた感じはどうだでした?」
「頑張ります」
「そう。じゃ、課長にもそう報告するわね」
「宜しくお願いします」
「そんなに肩肘張らなくていいのよ。あなたは多分デザイン専門の仕事になるけど、こないだ提出してもらったロゴ。あれは山だったわね」
「はい。最近ちょっと登り始めたばかりだけど、山っていいなーって思ったので」
「そう。私も山にはよく行くわ。お友達になれそうね」
「え?そうなんですか?」
「私が友達じゃ嫌かしら?」
「いや。そうじゃなく。山に登るんですか?」
「そうよ。そのために仕事してるようなものだし」
「へー。長田さんみたいな綺麗な人が山に行くんですか・・・」
「綺麗かどうかは別として、山が恋人かな・・・。今度の週末は八ヶ岳に行くし」
「いいですねー。もう、雪降ってるんでしょう?冬山なんてロマンチックだなー」
「一緒に行ってみる?スノーハイクだから、冬山のウエアーさえあればOKだし」
「いいんですか?」
「いいわよ」
 由紀はにっこり微笑み、携帯の電話番号を潤に教えた。
 
 瀧子は久しぶりに温泉へ足を運んでいた。それも由乃と一緒だった。
「ずーっと社員の人たちの集めた資料と首っ引きで、肩が凝って凄いの」
「やる気満々でいいじゃないの」
 2ヶ月ぶりに会う瀧子は太ってはいたが、顔に生気が溢れていた。
 瀧子のことをそう思う由乃は相変わらず痩せてはいるが、こちらも笑顔が耐えない。
「雪見の露天風呂なんて、想像したこともなかった。長生きするものね」
「まだ70じゃないですか。これからだって」
「若いあなたはそういうけど、この年になるとあっちこっち痛むところはあるし。病気のデパートみたいなものね、私は」
「だから、うちに来てっていってるのに、村井さんは強情なんだから」
「動けるうちは動きたいのよ。そうでもしないと、どんどん弱っていきそうでね」
「はいはい。2度とうちに来てとはいいませんから」
 2人は顔を見合わせて笑った。
 夕食は大広間で他の客と一緒だが、瀧子と由乃のほかにいるのは若い女性2人だけだった。それぞれがテーブルにつく前に軽い会釈をした。
「いいお風呂でしたね」
「はい。山から降りてきたばかりなんで、最高にいいお湯でした」
「それはお疲れ様でしたね」
 潤は痩せぎすな年配の女性にビールを勧めた。
「あら。これはどうも有難う。めったに飲まないんだけど、頂きますか」
 由乃は何十年ぶりかに飲むビールの味わいに、舌鼓した。
「美味しいわねー」
 由乃は若い娘2人に自分たちのビールを注いでやった。
「他生触れ合うも袖の縁とはこういうことかしらね。知らない者同士がこうして挨拶から飲み交わす。平和でいい国です。日本は」
 仕事場では何かと仲間と話す由乃だが、それ以外では他人と会話する時間はあなりなかった。買い物先や図書館では顔馴染みと挨拶がてらに話すものの、まったくの初対面で酒を酌み交わすのは、こうした温泉で心身ともにリラックスしているからこそだった。
「大丈夫ですか?村井さん。忘年会でも飲まないのに、今日はご機嫌なのかしら」
「心配要らないわ。これ以上は飲みませんから」
 潤と由紀はそれを聞き、無理に酌をしなかった。
「うちの息子も、こういうお嬢さんと結婚してくれればいいんだけどね。あの子も、今は智恵子抄で有名な何とかっていう山に行ってるらしいのよ」
「安達太良山ですね」
「そうそう。そこに行くって出て行ったわ。冬山なんて初めてなのに、平気なのかどうか心配だけど、私がいっても聞かない子だし」
「それは心配でしょうね」
 安達太良山は突風が吹くことで有名なところだった。だが、年老いた母親にそれをいうのは不安を煽るだけなので、由紀はそれ以上山のことを口にはしなかった。
 真っ赤な顔をしているが若い娘たちと歓談して嬉しそうな由乃を、瀧子はデジカメに収めた。
 
 春樹は岳温泉でのんびりしていた。
 こんなところにお袋も行ってるんだろうな。俺も親孝行しなきゃいけない齢だけど・・・
 そんなことを思っているところに潤からメールがあった。
 スノーハイキングで北八ヶ岳から渋温泉に下ったことが、画像つきで届いた。その画像を開いてみると見覚えのある顔があり、春樹は跳ね起きた。
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