昭和30年代では商店数が40以上あったのが、現在では半減しています。
この地図を作成したとき、またしても書き込むのを忘れてることがありました。
桜坂に向かうところにクリーニング屋の手前に、ボタンとか糸とかの専門店がありました。
また線路沿いの床屋の隣には駄菓子屋があったのですが、そこにはベーゴマや凧などがあり、近所や多摩川の土手でそれを買っては遊んだものです。
貸本屋では「鉄人28号」などを借りましたよ。
中学生も後半になると色気づき、店主に隠れてはエロ本を盗み見したこともありましたね〜〜〜
おでん屋は安かったし、そこでホットドッグなるものを初めて食べたときの美味しさは、今でも忘れられない味です。
乗降客の少ないこの小さな町にパン屋が2軒あったのは不思議です。
蕎麦屋の隣のパン屋は確か自家製だったはずで、通好みの客はそちらで買っていたようですが、私はもう1軒のほうへもっぱら行ってました。
というのはその店の夫婦の方がいい人だったし、閉店した後、私が高校生の頃だったと思いますが、町でばったり出遭ったこともありました。
また、その娘さん2人が私より少し年上だったんですが、凄く可愛かったんですよ。
そんなことで買いに行ってたんでしょうかね・・・
クリスマスのときには、お菓子やチョコレートなどいろんなものが詰め合わさった不二家の長靴を買ってもらったものです。
そこではアイスクリームも売っていましたが、6月頃から10月頃まででした。
今のように、1年中アイスクリームを食べられるなんてことはありえなかった。
金魚屋では床に置かれた水槽に這いつくばって掬うんですが、向かい側に女の子がいればパンツがまる見えになる楽しみがありました。
小さいころから助平まるだしでした。
年を経るにつれ買い物は自由が丘や蒲田などですることが多くなり、地元のそういった店から足が遠のいていきました。
といっても私より年少の子供達は行ってたと思いますが、高度成長とともにそういった店自体が消えて行ってしまいました。
時の成り行きといえばそれまでのことですが、生まれ育った町ですから、子供の頃のことを思い出すたびに、郷愁じみたものが湧きあがってくるんですね。
昭和30年代といえばどの町もこういった店があっちこっちにあったと思いますが、今では探してもなかなか見つからないでしょう。
それだけに、旅先などで古い商店を見ると、物凄く懐かしく感じてしまいます。
鄙びた赤提灯はこじんまりとし、地元の人間しか来ない。
それでも、そこには人との繋がりがあった。
今のフランチャイズの居酒屋では味わえない人情がそこかしこにあったのは確かです。
嗚呼!
我が町の「三丁目の夕日よ!」
このブログは主に自作小説の掲載です。
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たまに山や旅の写真の紹介もします。
ここで連載して完成したものは
一部手直しと校正し、リンクの「夢想国師」に
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