空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能
5 目覚め
 
 盆休みなのにあんなに空いてる温泉宿を見つけた。それも格安だったと由乃に褒められた瀧子は、それをヒントに湯治場専門のサイトを主宰することにした。
 これまでブログで知り合った各地の仲間から情報を仕入れるだけでは物足りず、自分でも実際に足を運んで詳細を調べた。そういう目的ができると、寂寞感などまったくなかったし、毎日がスケジュールに追われあっという間に時間が過ぎていく。
 これでは時間が足りないとばかりにスタッフの募集もした。5人は年齢もまちまちだし男女入り交ざっているが、瀧子の思い通りに動いてくれた。月給は15万円だが、好きな人間には金額の多寡ではないのだろう。瀧子の想像以上の情報を次から次へと集めてくれた。
「村井さん。仕事として頼みたいんだけど、是非、うちで働いて欲しいんです」
「私にできることなんてないわよ」
「うぅん。村井さんが生きてきたことが、ここでは必要なの」
 
瀧子は温泉に行くことの必要性を考えていた。
 彼女は夫の浮気の腹いせで、温泉に入って美味しい物を食べたいということがきっかけだった。若い女性たちが温泉に行くにしても、食べ物目当てや疲れた体を癒したいということだろう。だが、主婦となるとそうそう温泉に行く機会は少ない。しかも、50代以上だとツアーでは行っても、個人で行くのは盆や正月など連休ぐらいなものだろう。
 そういった意味で、70歳になった由乃が温泉に行ったときの感想は貴重な資料になる。そういうことを瀧子は由乃に言い聞かせた。
「瀧子さん。あなたが私を慕ってくれるのは本当に有難いよ。その関係を続けたいなら、今のままにしておいて欲しいの。私は月に1回行くかどうか。それだけで満足してるの。温泉なんて、私にしたら凄く贅沢なもんなのよ。離婚した当時は食うや食わずのその日暮らしみたいなこともあったの。だから、今は本当に幸せよ。あなたは目的を見つけた。私はそれを陰で見守る。それでいいじゃない。私なんかより、もっとほかにいい人いるだろうし」
 由乃は素直な気持ちをいうが、瀧子は解せなかった。
「私のこと嫌いなのかな・・・」
「何いってるの。私はただ、自分の道を行きたいだけよ。あなたが何かと目をかけてくれるのは有難いと思ってるの。それだけは分かってね」
 
 由乃は自宅を7時に出て満員電車に揺られる。
 仕事先のマンションは50世帯ほどで、3人で廊下と階段のモップがけをする。それと庭掃除もある。秋から冬は落ち葉を掃き集めるのが大変だが、今では大きなドライヤーのようなブロアーという物があり、それも楽になった。あとは週2回のごみ出しだった。
春夏秋冬。毎日が決まりきったそんな仕事は昼には終え、1日3000円の日当だった。この10年間、1回もその賃金は上がってなかった。それでも由乃は愚痴ることなく、よほどのことがない限り休むこともなかった。
これが自分の人生なんだと達観していることもあるが、ほかにできる仕事もなかった。
自宅に戻れば洗濯をし、夕方になれば買い物に行く。夕飯を済ませば風呂に入り、1時間ほどブログの更新に費やす。
そんな毎日が由乃には有難いと感じている。それをじーっとパソコンと向かい合う毎日など、彼女には耐え難かった。
好きなことを仕事にしたいというのはいい。だが、由乃には好きなことなど何もなかった。瀧子と付き合う温泉にしても、それは昔馴染みのよしみであり、行ったら行ったで明日からまた頑張るんだという英気を養うものだった。
瀧子からは頻繁に連絡があったのに、仕事の依頼を断ってからはまったくなかった。それでも由乃は何も動じることはなかった。
 
春樹が仕事先で弁当を食べている時、老婆から漬物を振舞われた。
「どうも」
「暑いのに大変だね」
「慣れてるし」
「あたしゃこれから医者に行くんで、3時のお茶は玄関に置いときますよ」
「すいません」
 親方が来ると、春樹は玄関にお茶の用意をしてあることを告げた。
「最近じゃお茶を出してくれるところも少なくなったのに、めずらしいな。お前の仕事っぷりがいいせいかもな」
「かもねー」
 三村は入ってまだ間がない春樹のことをすっかり信用し、現場を任せっきりにしている。昔ながらの生地仕上げのステインやニスにしてもネタをだらすことなく綺麗だし、その上外壁のローラー塗りもできる。何をやらしてもそつなく仕事をこなすので重宝しているが、口のきき方がなってないのが難点といえばいえなくもなかった。
「お前はいくつだっけ?」
「29」
「そうか。仕事だけじゃなく、社会人としても磨きをかけとけよ」
 そういわれても親方が何をいわんとしているか分からない春樹だった。
「あっ。親方。この現場終わったら少し間があくっていってたけど、どれぐらいですか?」
「何だ。休みたいのか?」
「まー、そんなところです」
「ずーっと休んでもいいんだぞ」
 春樹は慌ててかぶりしながら続けた。
「4日だけ」
「ま、好きなようにしろ」
 
 潤はようやく出版社から内定を受け、春樹からの温泉旅行の誘いに応じた。
「あのタンクあるだろ。あれ。今から10年ぐらい前に俺が塗ったんだ」
 海沿いを走る車の中から、春樹が指差したのはかなり高いセメントサイロのタンクだった。
「へー。凄い。ビルの窓拭きやる人みたいにロープで下がったの?」
「あー。3月頃だったけど、毎日1回は雪が降ってな。地下足袋履いてたけど、足の指は氷そうだし、寒くてしょうがなかった」
 まだ20歳ぐらいだった春樹は、約1か月間のその出張で40万円ほど手にした。その当時に彼がいた店の親父がいった、乞食とトロ屋は3日やったら辞められない、という言葉が今では懐かしく思い出され、それを潤にいった。
「トロ屋っていうのはペンキ屋のことだけどな」
「いいなー。40万円もあったら何に遣うか迷うね」
「俺はほとんど、ソープとキャバクラに遣ったけど」
「やーね。ソープなんか行くんだ?」
「昔は仕事の先輩がそういうの好きで、よく付き合いで行ったな。驕るから行こうっていうしな」
「ふーん。でも、ソープって、どんなことするの?」
「ま、それは今夜教えてやるよ」
 春樹は含み笑いしながら潤の太股を軽く平手で叩いた。
 佐渡を見ながら南下した車は小高い丘で止まった。
「ここに泊まるの?」
「あー」
 純和風の宿は如何にも格調高い感じで、ラフなティーシャツにミニスカートの潤は気後れしている。ジーンズにスイングトップの春樹はそんなことは意に介さず、出迎えた従業員に村井だけどと告げた。
 通された部屋は離れだった。掘り炬燵のある居間と寝室の二間続きに檜風呂まで備えてある。
「高かったでしょう?」
「女がそんなこと気にすんなよ」
「有難う。海は見えるし、いい旅館ね」
「夕飯は6時からだっていうし。その前にいっちょうやるか」
 春樹はミニスカートに包まれた潤のヒップを、かきむしるように揉み始めた。
「少しはムード出してよ」
「贅沢いってらー」
 
 夕食を満喫した春気は潤と一緒に風呂に浸かっている。
「青いお月様なんて初めて見る」
「お。本当だ。でも、山で見るほうがもっと綺麗だぞ。空だってもっと暗くて、星が煌めくっていうのはこういうのかって、よく分かるし」
「あたしも連れてってよ」
「行くか?でも、歩けるか?5時間とか6時間も」
「多分。あたしね、どうせなら富士山がいいな」
「富士山は無理だ。もうこの時期だと突風も吹くし嵐なんかきた日にゃ、お手上げだ。独立峰だからな」
 春樹は暇があるとネットで山のことを色々調べているので、山についての造詣もかなり深くなっていた。
「2番目に高い北岳もいいけど、アプローチが長すぎる。潤が楽に登れて喜びそうなのは・・・あそこだな」
 そういって潤の股間を掌でむんずとつかんだ。
「もー。エッチなんだから」
 
 その翌日、宿泊先は決めていなかったが春樹は、急遽諏訪湖へ行こうと潤にいった。
 柏崎から直江津まで海岸線を走ったが、その先は山間部を通り抜け諏訪湖に着いた。その車窓の移り変わりを潤は飽きずに見ていたが、車はかなり細い山道をぐいぐい登って行き、気がつけば場違いな広場に着いた。
「えー。何々。こんなところにたくさん車停まってるよ」
「蕎麦も食ったし、ここで腹ごなしだ」
 春樹に手を引っ張られたり腰を押されたりしながら、潤は丘につけられた細い道を上がった。そこで彼女が目にしたのは遮るものが何もない山並みだった。
「わー。いつの間にか、こんな高いところに来てたんだー」
 潤は辺り構わずに両手を大きく開き、ぐるっと一回りして広大な景色を眺めた。
「たった30分歩いただけで、こんだけの景色だぜ」
「最高」
「でもな、車なんかじゃなく、登山口から一歩一歩登って行くっていうのは、もっと感動するぞ」
「だよねー。ね、本当に行こうよ。あたし、ちゃんと身体鍛えるし」
 富士山は勿論、北・中央・南アルプスに八ヶ岳の山々が大パノラマを展開していて、潤ならずともその光景に見とれるのは必死だろう。
「11月なら紅葉が綺麗だし、それまでに何とか山女に変身だ」
「山女ときたか・・・」
 山の見晴らしにはまりそうな潤に、春樹は半年前の自分をだぶらせていた。
 
 潤は毎朝欠かさずジョギングした。ストレッチングやヨガは以前からやっていたが、その時間も少し増やした。
「ずいぶん張り切ってるみたいだけど、どうしたの?」
「山に行くんだ」
「まさか、前いってたペンキやさんとじゃないでしょうね」
「いけない?」
「会ったことないから何ともいえないけど、好きなの?その人のこと」
「どうかな・・・。あまりそういうこと考えたことないからね。ただ、一緒にいると面白いし」
「あなた。あなたも何とかいってよ」
「山に行く男ならいいんじゃないか。いまどき出会い系サイトとかで女を漁るのが多いご時勢だっていうのに、見上げたもんじゃないか」
 潤の母は夫に助け舟を出してもらうはずだったのが藪蛇になり、それ以上娘に反対できなかった。
 
 春樹が潤のために選んだのは奥秩父の金峰山という山だった。
 登山口の紅葉は盛りで白樺の葉はまっ黄色だった。
 はじめのうちはそんな紅葉を見る余裕たっぷりの潤だったが、徐々に険しい登りになるにつれ、本格的な山が初めての彼女の息遣いが荒くなってきた。
「しっかりしろよ。頂上に着いたら、美味い飯つくってやっからな」
 そういう春樹は潤の2倍はあろうかという大きなザックを背負っているが、たいした疲労もない様子で遅れて来る彼女を煙草を吸って待つことしばしばだった。
「まだー」
「もう少しだ」
「少しだ少しだっていって、ぜんぜん着かないじゃない」
「今度こそ本当に少しだぞ」
 1時間前からずっと急坂を登っている潤の目に、大きな岩が目に入ってきた。それこそが金峰山頂上のシンボルである五丈岩だった。
「着いたの?」
「そうだよ」
 春樹は誰もいない頂上で潤を抱きしめながらいった。
「やったー。登ったぞー」
 抱きしめている春樹の腕を振りほどき、潤は岩のそばではしゃぎまわった。
「標高差1000m。よく、頑張ったなー。ここが金峰山の頂上で2595mだ」
「うん。有難う。あたし、頑張ったよね」
「あー」
 潤は遠くに霞む富士山を見ながらうっすらと涙を流している。
「車で行った入笠もよかったけど、こっちはもっといい。我慢して登った甲斐あったよ」
 手の甲で涙を拭う潤に、いつしか春樹ももらい泣きしていた。
 そんな彼は早速バーナーに鍋をかけた。
「いい匂い。何かなー」
 春樹が蓋を取ると、煮込みが煮えていた。
「家で冷凍しといたの温めただけだけどな。食べようぜ」
 このところ母親の由乃が家を留守にすることが多く、春樹はたまに自炊することもあった。外食が続くとさすがに飽きるからだった。それで、冷え込んできた季節には晩酌にもってこいの、鍋物や煮込み料理をつくったりしていた。
「へー。料理するんだ?」
「あー。こないだはイカをさばいて大根と煮たし」
「凄いじゃん」
「なんか、最近、お袋が弁当もつくってくれないし」
「お母さんも年で疲れてるんだよ」
「だろうな。でも、いっちょ前にブログなんかやってるらしい」
「へー。今度会ってみたいな」
 この夜は山小屋いる2人だが、11月の連休前なので無人だった。
 潤は生身の春樹を迎え入れた。
それは生まれて初めてのことで肉体的な刺激もさることながら、苦労しながら山に登りきった同じ体験を共にすることができたという感慨も手伝い、彼女はしけった重い布団の中で何度もほとばしりを受けた。
外は煌々ときらめく星が手でつかめそうなぐらい近くにあった。その冷気の中、潤は寝入った春樹をおいてひとり入っていった。
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コメント
この記事へのコメント
桜子ちゃん 2008/02/23(土) 20:34 ID:-
俺29男だよ5!
すごいね?
も〜う!私も書きたいな〜ぁ
・・・でも、専門的なこと何にも分からないし・・・
尊敬!
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