空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能
1 親と子と孫
 
 春樹夫婦の四つ児は二度目の春を迎えた。
 喜左衛門は長男らしく、下の三人を先導するかのように春雄、万蔵、越男の先頭に立ってよちよち歩きをしては転んでいる。
「大きくなったもんだ。万吉さんも、こんな可愛い曾孫たちのことを喜んでるだろう」
「お父さん。先にお線香上げたら」
 可愛い孫と戯れているうち、万吉の二回忌ということを忘れそうな景子の父上條信輔だった。
 喜左衛門の座敷には万吉の写真が飾られ、親族と知り合いが故人を偲んでいる。そのなかでも瀧は万吉との親交が深く、彼との思い出話を春樹らに話している。
「昔は髪がふさふさしてて、村の若い女子衆に人気があってな。東京や横浜に行ったときのことを面白おかしく話してくれたもんだ。若いときはよう女遊びしててのぅ。女房以外にも、何人か孕ましてたずら」
「爺ちゃんらしいや」
「駄目だよ。そんなこといっちゃ」
 孫の美穂が叱るようにいうが、瀧は猪口をひと飲みして続ける。
「あんたは万吉さんに似んでよかった。夫婦になるのは遅かったけど、いっぺんに四人も子宝に恵まれた。これも、神様の思し召しというもんかのぅ。先祖は大事にせんと。それにしても、もう一年か。齢をとるのは早いもんじゃ。わしは、あとどれぐらい生きられるか・・・」
「お酒も飲むし畑仕事もできるんだから、まだ長生きするよ」
「だといいがな・・・」
 瀧は万吉の写真を見ては何かを思い出してるのか考えているのか、次第に言葉が湿っていく。
「死ぬ前に、わしも一度歩いて、風越峠に行ってみたいもんじゃ。そうすりゃ、思い残すこともなかろうに」
「いろんなことがあったんでしょう。さぁ、飲んで下さい」
 万吉の写真を見ながら合掌していた信輔が瀧に酌をした。
「すまんですな」
「万吉さんが女遊びしてたとは、意外ですね」
「ここらじゃ、あの人は気風がよくてな。困ってる人を見りゃ助けてた。そういうこんで、誰からも好かれとったな」
「ほうですか」
 信輔と瀧は二人で万吉のことに花を咲かせ始めるが、他の者は料理と酒に舌鼓を打っている。
「相変わらずいい味だ。私個人としては皆に喜左衛門さんを薦めたいが、町長という立場上それもできなくてな」
「いいんですよ、そんな気遣いは。それより、俺は町営住宅の建築を止めてほしい」
「またそれか・・・」
「なにも、あんな山奥に建てる必要ないでしょ」
「そうはいうが温泉も掘るし、ここに客も流れていいだろうに」
「そういうことじゃないって。何であんな山奥に、場違いな鉄筋コンクリートを建てなきゃいけないかっていうことですよ。代替地なら、叔父さんが提供してもいいっていってるのに」
「そうだ。俺のところならいつでも明け渡す」
 万吉の三男の万三郎がいった。
「俺のところなら商店街も近いし、便利だべ」
「いやいや。買収費用が高すぎるんで」
「相場の半値でいいっていうとるやろ。それなら文句もあるまい」
「でもな、三百世帯を造るには土地が狭いじゃないか」
「それなら隣も売るっていうてるし」
「万三郎さんがいってる値段でいいんなら、話は別だが」
「よし。それなら俺が話をつけよう」
 
 遠海町の人口は一万人あまりでその比率は農業が六十パーセントで、工業が二十五、商店などサービス業が八で残りは無職だった。一番多い農家の実態は老夫婦に長男の三人がやっていて、その長男に嫁の来てがない。つまり、後継者難ということになる。その反対に工業は町が誘致した甲斐もあり、人口が急増して住宅難に陥ってる。そのために町営住宅建設の要望が工場団地から出され、町議会で可決されたのだった。
 町としては税収を図るためにはいつまでも農家に頼るのはどうかという懸念もあり、今後はさらに工場団地の拡充をする予定になっている。
そういう町の姿勢に、春樹は危機感を持っていた。
 
美穂が瀧と帰るというので信輔が店先まで送った。
「また、話を聞かせて下さい」
「生きとるうちにおいでな」
 信輔はお元気でと、手を振りながら二人を見送った。
「あのお婆ちゃん元気でしょう」
「そうだな。なんだか自分の母親といるような気がした」
「そういえば、お婆ちゃんが亡くなってから、もう十年ぐらいなるんじゃないの」
「この夏が十三回忌だ」
「そう。じゃ、行かなきゃね」
「夏は忙しいだろう」
「お店よりも子供達に手がかかりそう。最近は歩きまわるから目が離せないし」
「四つ児だからな。でも、子供は多いほうがいい。これに懲りず、もっと産めばいい」
「しばらくは無理ね。それより、今日は泊まるんでしょう」
「春樹君は忙しくないのか」
「田舎っぺは野瀬さんに任せっきりで、最近は山のお年寄りたちにかかりっきりだけど、今日は代わりの人に行ってもらってるし」
「こんなところで立ち話しないで、座敷に行って下さい」
「梶山さんでしたか?娘がお世話になってます。一回ぐらいうちのほうにも遊びに来て下さいよ」
「有難うございます。梅雨になれば暇になると思いますから」
「お待ちしてますよ」
「景子さんもお父さんと奥へ」
「はい。済みません。何から何まで押し付けちゃって」
「いやぁ。手のかかる子が四人もいたんじゃしょうがないですよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 美紗緒が揚げたての天麩羅を運び、他の者はあいた皿などを下げたり酒を注いだりしている。そのなかを顔色の悪い由紀が口を押さえて小走りで出て行った。
「ひょっとして」
 景子がいいかけて春樹が柳下浩二を見た。
「まさか・・・」
「四十過ぎても子供はできるわよ」
 由紀が戻り皆に済みませんと頭を下げた。
「できたみたい」
「そりゃよかった。浩二もしっかりしてきたし、安心して元気な子産めよ」
 浩二は照れて俯いたままだった。
 
 万吉の二回忌が終わり、春樹と信輔は二階で茶を飲んでいる。
「今朝、この写真を持って峠に行ってきたんです」
「ほう。そりゃいい。万吉さんも峠を見て亡くなったんだし、あの世で喜んでるんじゃないかな」
「この一年、爺ちゃんがいなくなったことで自分も少し気が滅入ったりしてて、景子にあたったりしたことあったんだけど、何かいってなかったですか」
「いや」
「そうですか」
「それより、万吉さんはあっちこっちで種撒いてたらしい」
「えー。実は、今朝・・・」
 
 三科暢は主にトラック運転手相手の食堂を経営しているが、あまり繁盛していない。遠海町が町営住宅の土地を公募したとき、三科は真っ先に名乗り出たが、値段が折り合わず決裂していた。それを隣人の万三郎が一緒に併せて売ろうといってきた。売値は町の指値で、その差額分は払うからいいだろうと。
一反(約千平方メートル)の相場は千五百万円だった。それに万三郎の持つ三反を併せると六千万で、町の提示額の倍だった。だが、万三郎はその差額を捻出するからと三科にいった。
町は風越峠へ行く山間の町有地を建設候補地にし、それを検討してる最中だった。
万三郎からはこれといった返事がないので、三科は万吉の腹違いの子供であることを盾に、春樹に詰め寄った。
「な。あんたんところは喜左衛門以外にも商売繁盛だし、わしのところを買い取ってくれんか。万三郎じゃ、埒が明かんでな。買い取ってくれんなら、遺産相続起こすで」
「叔父さんが買うっていってるんじゃないですか」
「いや。安すぎる」
「安いって、いくらなら売るつもりなんですか」
「三千万だ」
「ふっかけすぎだな、そりゃ」
「何!ここだってわしにも権利があるんじゃ。でかい態度だと、考えにゃならんな」
 
 そんな三科暢の行状を信輔に話す春樹だった。
「その三科っていう人は金に困ってるのかな」
「奥さんが亡くなってから、酒びたりらしいんです。で、最近は仕事もしてないらしくて」
「強請か・・・」
「そんなとこです。爺ちゃんの女遊びにも困ったもんですよ。三千万ぐらいどうってことないけど、遺産相続がどうのとかっていわれると、出す気になれないし」
 万三郎は腹違いの兄の暢に、これまで何度か無心されていた。それだけでなく何かと援助もしていた。そういう経緯で、流行らない食堂なら一緒に売ろうといったのだ。ところが、相場の倍でなきゃ嫌だというのだから、話にならなかった。
 そんなことも付け加える春樹だった。
「万三郎さんはどうする気なのかな」
「今のところがじょじょに変わってきて、住みづらいっていってるんです。それに、山に建築は元々反対だっていうんで、俺としても何とかしてやりたいとは思ってるけど」
「でも、万三郎さんの三反だけでも、三百世帯は建つんじゃないかな」
「それがなんか、いろんな建築基準で簡単にはいかないみたいなんですよ」
「そうか・・・。厄介な人間を残したのかな、万吉さんは」
「爺ちゃんの遺書に財産は全部俺に譲るって書いてあったし、俺としては遺産相続の裁判起こされても別にどうってことないけど」
「それはどうかな。親族には相続権ていうものがあるから、その暢さんていう人にも権利はあるはずだ。その彼を認知してるかどうかで、権利の有無が変わると思うけどね」
「終わったわ」
「ご苦労さん。梶さんたちは?」
「今日は予約もないから、秀治さんたちと温泉行くって」
「そうか。俺達も行ってみるか」
「私はのんびり昼寝するわ。お父さんと行ってきたら」
「いや、温泉はけっこう入ってるし」
「そうよね。ここに来て、温泉もないわね。誰も起きてないの?」
「よく寝てるよ」
「景子も寝たらいい。疲れただろう」
 春樹にいわれ、景子は隣の部屋に行った。
「お父さんも寝て下さい。今布団敷いてますから」
「じゃ、そうさせてもらおうかな」
 仏間というわけではないが、春樹が仕事のないときに寛ぐ十二畳の部屋に万吉の遺影と神棚が祭られてある。畳の間でもソファーがあり、そこで彼は横になった。
 四人の子供は寝る前にミルクをたっぷり飲んだせいか、満足そうな顔でくすりともしない。
 そんな我が子の寝顔を見ながら、お前らはまともに育てよと思ってるうち、春樹も目を閉じてしまった。
 
 万吉は蕎麦を打っているが、その横で暢が煙草を咥えて立っていた。
「金ならこないだやったろ」
「足りないんだ、あんなんじゃ」
「そりゃ、おめぇ。一日中パチンコやってりゃ、足りなくなるのが道理ってもんだ」
「パチンコなんか、そんなにやってねーって」
「どっちにしろ、金はない。欲しけりゃ働くこった」
「こんな田舎で何の仕事があるってんだ」
「皆汗水流して働いてんだろうに」
「あんな樵みたいな真似できっか!」
「できようができまいが、生きる為にゃやらんとな。柳下。この小僧に蕎麦でも食わしてやれ」
「いらねーよ、そんなもん。それより早く出せって」
 暢は万吉の後ろにまわり、胴巻きに手を突っ込んだ。
「あんじゃねーか」
「馬鹿もん。それは仕入れの金じゃねぇか」
「そんなこと知るけ」
 暢はその金を手に出て行こうとするが、万吉はそうはさせまいと、蕎麦を打つ棒で彼の頭を殴りつけた。倒れた暢の頭は流血で染まり、万吉は呆然と立っている。
 
 異様な暑さに気付いた春樹の額には脂汗が浮いている。
 景子は薄がけを被って寝ている。その彼女を起こさないように春樹は階段を下りた。そして車に乗り込んだ。行った先は風越峠だった。
 俺も爺ちゃんと同じか・・・
 何かあったときにゃ峠に行け。あそこの景色を見てりゃ、心が落ち着くんだ。そうすりゃぁ、たいがいのことはけりがつく。
 そんな万吉の言葉を思い出した訳でもないが、峠のそよ風に吹かれてみたい春樹だった。
 車を降り峠の崖っぷちに行くと、下から風が吹き上がってくる。汗で湿った身体は冷え、寒いほどだ。
「春樹」
 その呼び声に振り返ると暢が立っていた。
「三千万出す気になったか?」
「裁判でもなんでもやればいいじゃないか」
「そうか。それならそうしよう。泣きっ面かくなよ」
「それはあんたのほうじゃないかな。万三郎叔父さんだって、いつまでもあんたのこと、面倒見るとは限らない。欲の皮つっぱらかせるのもいい加減にしたほうがいいよ」
「生意気いうな」
「柳下って知ってるだろう」
「柳下?そんなもん・・・この坂の下に住んでる奴か?」
「あぁ」
「それがどうした?」
「あんた、爺ちゃんに殴られたことあんじゃないか?」
「あの糞親父。俺のこと目の敵にしてたからな」
「糞親父はないだろう」
「ふん。おめーなんかに俺の気持ち、分かってたまるかってんだ。俺のことを認知もしなきゃ、お袋を見殺しにてよ。それなのに、お前ときたらのうのうと生きてやがる。その代わり、おめーの親は死んじまった。あの糞親父に罰があたったってもんだ」
 三科暢がこれほどまでに捻くれた考え方をするには、それなりの訳があるのだろう。それを知りたいと思うものの、認知されなかったことや母親を見殺しにされたという言葉でおおよその見当がつく。だが、万吉の評判は暢とはまったく反対に人情家ということだったし、どう見ても彼に同情する気になれない春樹だった。
「万三郎にもいっとけ。早いとこ金工面しろってな」
「叔父さんはあんたに土地を早く売るようにいったけど、あんな土地に誰が三千万も出す?買ってくれるだけましだと思わないと」
「ふざけんな。親が残してくれた土地だぞ。それも万吉なんていう糞爺じゃなく、先祖代々のだ。それを俺が食堂にして商売やってんだ。そう簡単に安く手放せるかよ」
「そんなこといってると、でっかい町営住宅が建って、日陰になるだけだね。あんたのところは」
「できるもんならやってみろ」
 暢はかなり酒を飲んでるようで、赤い顔が興奮でさらに紅潮していた。
 万三郎より二歳上だが、その顔は皺が深く年老いて見える。これまでの彼の人生が、その顔に凝縮されてると思う春樹だった。かつての柳下浩二も齢に似合わず、眉間だけでなく目尻にも深い皺が浮いていたことがある。それがいつの間にか柔和な顔になっている。人間というのは、その状況で人相が変わるものだと思った。
 悪い夢を見てそれを忘れるために来たというのに、その夢の中の男が目の前にいることに、春樹は言い知れぬ不快感が募っている。
「煙草代くれや」
「ふざけんな。そんな義理、俺にはない」
「血が繋がってるっていうのに、よくそんなこといえんな」
 暢は春樹のズボンのポケットに手を入れようとした。それを払いざまに、春樹は暢の膝を横蹴りにした。そして、車に向かって歩き出した。
 家に戻った春樹を、座敷にいる子供が顔をくしゃくしゃにしながら迎えた。立ち上がって手招きしてる者や、這いずって座敷を下りようとしてる者。何れも笑顔で、春樹に早くすがりつきたいといった感じだ。
「よーし。いい子だったか?」
 春樹は一人ずつ高く抱き上げては四人をさらに笑顔にさせる。
「どこ行ってたの?」
「峠にね」
「朝行ったのに?」
「うん」
 暢との厭なことがなかったかのように、春樹は子供達を膝に乗せたり抱いたりした。
「お父さんは?」
「お風呂は入ってる」
「お前達もお風呂は入ろうな」
 店は臨時休業で、のんびりした夕方を迎えている春樹一家だった。
「先に風呂頂いたよ」
「どうぞどうぞ」
「なかなか父親振りが板についてるみたいだね」
「そうですか」
「いい親父になれそうだ」
 信輔は娘の景子と微笑みながら、春樹と子供達を見やった。
「子供のためにもっと頑張らないとな」
「無理しなくていいのに」
「無理なんかしないさ。自分のやりたいことをやるだけだよ。ね〜」
 春樹は子供に口付けしたりくすぐったりしている。子煩悩なそんな彼に、信輔は目を細めた。
「いい月だなー」
「お父さんにビールでも出してやりなよ」
 信輔は窓際で空を仰いでいる。
「塩尻も最近は空気が澱んできて、月や星が、前と比べたら濁って見えてね」
「お父さんのところは車が多いし」
「松本と諏訪湖の間で交通量は凄いから。朝夕は都会並だね」
「ここもいずれはそんなふうになるのかな。やだやだ。星も見えないなんてやだよな〜」
 相変わらず春樹は子供をあやしながらいった。
「お風呂入るんでしょ。喜左衛門から入れて」
「はいよ」
 春樹が喜左衛門を抱き上げて座敷を下りると、残りの三人が泣き出した。それを景子がなだめる。
 その光景を、信輔が微笑ましく見ている。何の変哲もない家族の姿だが、平和な暮らしそのものに、信輔は昔の自分を見ているのかもしれない。
「いい旦那だな」
「いい人よ」
「俺もあんなふうに子供をあやしてたかと思うと、馬鹿みたいに思えてきた」
「そんなことないわよ。親なんて、皆そうでしょう」
「そう思うのは、景子がいい旦那に恵まれたからで、そうとは限らんだろう。三科暢っていう人間は親の愛情に飢えてただろうし」
「あの人はそうかもしれないけど」
「世の中には、自分の尺度だけでは考えられない人間がいるのは確かだな」
「お父さんはそんなこと考えないで、残りの人生を楽しんで欲しいわ」
「そうしたいもんだね」
 景子は洗濯物をたたんでいた手にビールを持ち、父親に注いだ。
「人間てさ、巡り合う人によって人生が決まるっていうか・・・。あの人は商売も順調でお金もあるけど、だからって、一緒になった訳じゃないし・・・。やっぱり、なにか惹かれるものがあるなって、インスピレーションあったのね。だから、仮に仕事がうまくいかなくなったとしても、絶対ついていくし。梶山さんにしても野瀬さんにしても、皆いい人ばかり」
 景子は洗濯物をたたみ終えると、子供を抱いて風呂場に行った。
 残された子供二人を両脇に抱える信輔は、新米親父に戻ったような気分だった。

 邪気のない子供の住んだ目は青く、濁りは微塵もなかった。

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