
そういえば、岡田喜秋さんの「山村を歩く」「思索の旅路」などを読んだときに辞書を引いたところ、人が集まってる形から軍隊を表していると書かれていたのを記憶している。
これも私としては納得できかねる結果で、やはり、旅に出て見知らぬ者どうしが言葉を交わし、1人が2人、3人になるというのはどうでしょうか・・・
江戸時代など旅に出るというのは、山賊に襲われたりして相当な危険を覚悟しなければならず、1人旅などよほどのことがない限りできなかっただろう。
それが今では、女性でも気楽に旅立つことができる。それも国内に留まらず、海外、それも未開の地にも平然と行く者が多い。
さて、人はなぜ旅に出るのだろうか?
私は中学2年の夏休みに田舎の姫路へ行ったのを皮切りに、1都1道2府43県で行ってない(もっとも通過しただけというところもかなり含んではいますが)のは青森、高知、徳島、沖縄の4県だけです。
かなりのところを徘徊してきました。
温泉や山に海。神社仏閣や町並み。そして名だたる観光地などです。
20代半ばまで車の免許を持ってなかった私の旅の足はもっぱら鉄道でした。
車窓からの眺めだけでも心はうきうきし、目的地に着けば友人とあっちこっち歩きまわる。とっても楽しいことです。
車を利用し始めると時間を有効に使えるようになり、かなり辺鄙なところにまで足を伸ばしだしました。
陸の孤島といわれた信州の秋山郷や、長野と岐阜県境の旧安房峠には3度目のトライでR158を走破することができました。
この当時の安房峠から平湯区間は完全なダートで、幅員もほぼ1車線。しかも真夜中に走ったので大変でしたが、手を伸ばせば星をつかめるのではないかという見事な星空に感動したものです。
それで峠越えにやみつきになり関東近県のダートを好んでよく走りました。
ゴールデンウイークだかそれ以前だったか記憶がおぼつかないんですが、中央高速の須玉から信州峠を経由し、川上村の湯沼鉱泉へ行ったことがあります。
峠手前の黒森鉱泉辺りから雪が深くなり、峠直下では50cmぐらいの積雪に吃驚させられました。新雪でサイルチェーンも効かず横滑りが激しく、何度も危うい目に遭って到着した宿でのもてなしにはほっとさせられました。
この湯沼鉱泉の主はちょっととっつきは悪いんですが、絵心のある人情家でした。
さて、そんな思いをしながらの私の旅といえばほとんどが山や高原ですが、もちろん海にも行ったことがあります。
北海道は積丹半島突端の島武意。
高倉健さんが好きで、彼の「駅」という映画を見て増毛に行ったときに寄ってみました。
ロケ地を見まわった後に泊まった宿。
ここでは遠洋漁業に出る船員たちを家族や仲間が集まっての宴があり、夜通し歌声が絶えませんでした。
私と連れは若かったせいか、宿の主になんとかもう少し静かにできないものかと頼みましたが、別れの宴だから大目に見てくれとのことでした。
今から思えば、私達はなんと野暮なことをいったのだろうと、後悔してる次第です。
また20代はじめの頃伊豆へ行ったときは海の家の旦那に可愛がられ、男同士ではつまらないからナンパすればいいのに。あんたらならいくらでもひっかかるよといわれたのが、妙に思い出されます。
この当時の私は年上の女性との儚い恋に破れ意気消沈していて、軟派などする気もありませんでしたが・・・
旅の恥はかきすてといいますが、私にはそういう恥はありませんね。
そういった旅を友人と一緒に或いは1人で、または家族でとしてきましたが、私としては独り旅がいちばん気楽でいい。
宿も決めず、思いたったときふらっと列車に乗り込む。
目的も決めず、行き当たりばったり。出たとこ勝負っていう感じで、気儘な旅。
そういう旅から遠ざかって、もう何年になるだろう?
いろんなしがらみで儘ならない現状を受け入れてるうち、それがいつの日にか甘受となってしまったようだ。
きっといいことがある きっといい人がいる
この街を出て 夢の故郷へ行こう
移りゆく季節が それぞれの顔で出会うところへ
まっすぐな光の暑さもいい 吹き殴る風吹の痛さもいい
まして春 まして秋
小椋佳さんのこんな歌詞が私の旅のイメージですが、それとは程遠いものをしてきたようです。
「程遠い」だけに、旅らしいのかもしれませんが・・・
大都会の片隅で旅に憧れながらひっそりと息づいている私です。
この記事へのコメント
<文章は、体を表す。>などと夢想しながら、3ブログを拝見させて頂いて居ります。思考・思索を形に現わした文章は、紛れも無く内面を表します。その人の目は、その人の人格を現わす。そんな言葉通りでありました。前回、蟹工船では、今一歩肝心な眼(まなこ)の鑑賞が出来ず、さてさて、推理の結末は、先延ばし等と感じて居りました。
なるほどと、安心しました。睨んだ通りの内面的眼を持ったご仁でありました。頭髪が有るか無いかの違いで、同様なタイプの顔付きであります。写真で拝見する処、体格も宜しい様で、これまたホッとしている処でありまする。小生、体格は人格にも影響を及ぼすなどと云った差別的・偏狭的経験則を抱いている処があります。
へへへ、写真の雰囲気も、似てますよ。DNAは、何代前まで遡れば、繋がりますかね??
嘗ての『類友』なる貴殿の言葉を、思い浮かべながら、ニヤニヤしてコメント打ちの段であります。これからも、ブログ更新、お頼み申し上げる次第でありまする。
なるほどと、安心しました。睨んだ通りの内面的眼を持ったご仁でありました。頭髪が有るか無いかの違いで、同様なタイプの顔付きであります。写真で拝見する処、体格も宜しい様で、これまたホッとしている処でありまする。小生、体格は人格にも影響を及ぼすなどと云った差別的・偏狭的経験則を抱いている処があります。
へへへ、写真の雰囲気も、似てますよ。DNAは、何代前まで遡れば、繋がりますかね??
嘗ての『類友』なる貴殿の言葉を、思い浮かべながら、ニヤニヤしてコメント打ちの段であります。これからも、ブログ更新、お頼み申し上げる次第でありまする。
この世に自分と似た顔つきの人間が7人いるといいますが、その1人になるんでしょうか?
「体格は人格にも影響を及ぼす・・・」というのを拡大解釈というか、小生の場合顔つきで他人を判断することが多々あります。
特に政治家なんかがそうで、あの総理は小童の癖に腹黒い悪代官ではないだろうかなどと、勝手に決め付けています。
得てして、そういうのが当たってる事が多いですが・・・
「文章は体を表す」。
これはそのようになりたいという希望的観測です。というよりは性格のが近いかもしれません。
最近笑うことが少なくなった私の顔つきは、多分恐いと思われるでしょう。
自身で以前に書いたように、汚れを知らぬ子供の自分に戻りたいものです。
「体格は人格にも影響を及ぼす・・・」というのを拡大解釈というか、小生の場合顔つきで他人を判断することが多々あります。
特に政治家なんかがそうで、あの総理は小童の癖に腹黒い悪代官ではないだろうかなどと、勝手に決め付けています。
得てして、そういうのが当たってる事が多いですが・・・
「文章は体を表す」。
これはそのようになりたいという希望的観測です。というよりは性格のが近いかもしれません。
最近笑うことが少なくなった私の顔つきは、多分恐いと思われるでしょう。
自身で以前に書いたように、汚れを知らぬ子供の自分に戻りたいものです。
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2008/05/08(木) 11:09 | | #[ 編集]
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