空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能

4 彷徨い 

  

 風越駅前にある井戸屋のフランチャイズ店ができて三年になる。

経営者の阿川芳江は夫を亡くし、独り身になった淋しさを紛らわすためにも、寝る時間を割いて働き詰めだった。部屋の布団できちんと寝るのは三時間ほどで、後は事務所のソファーで仮眠をとる生活を続けていた。

その彼女が入院したと聞き、春樹は見舞いに行った。

「過労だって?無理しすぎたんじゃないか」

「うーん。自分ではなんとも感じなかったんだけど、四十にもなると、身体は気持ちとは裏腹で正直なものよ」

「少しは加減してやらないと、本当に倒れちゃうぞ」

「村井君に相談した時、フランチャイズはよしたほうがいいっていわれたわよね。素直に聞いとけばよかった」

「そうだろう。なのに、うちにいた浩二の馬鹿がワンダラーやり始めてる。あいつはうちにいて、何も身につけるところがなかったみたいだ。だから、店だって開店休業に追い込まれてる」

「フランチャイズやめるにしても違約金高いし、大丈夫かしら」

「そんなこと、芳江が心配する必要ないって。それより、鰻のひつまぶし持ってきた。栄養つけて一日も早く退院するんだな」

 春樹は風呂敷包みを解き重箱の蓋を取った。

「いい匂い」

 そこに芳江の店を手伝っている加代が訪ねてきた。

「あ、喜左衛門さん。忙しいのにお見舞い有難うございます」

「加代ちゃん。これ村井君が持ってきてくれたんだけど、私一人じゃ多いから、あなたも食べて」

「えー。でも叔母さんに持ってきたのに、あたしが食べてもいいんですか?」

「遠慮しないで食べなよ。じゃ、俺はこれで行くよ。退院したら、美味いものでも食べに行こう」

「有難う」

 春樹が帰って行くと、芳江は加代に彼のところで働いてみないかといった。

「どうして?」

「あなた自身のためよ。なぜ喜左衛門があんなに繁盛してるか?自分の目で見ると勉強になるじゃない。私はいつまでも井戸屋に固執するつもりないし、いつかは自分なりの商売やりたいって考えてるの。そのためにもあなたに行ってほしいのよ」

「分かりました。勉強してみるか!」

 

 年が明けると同時に風越は風雪に見舞われ、観光客の姿はまったく見当たらない。それでも喜左衛門は馴染み客でごったがえしてるが、加代は井戸屋のような気疲れを感じない。

「だいぶ慣れたみたいだね」

「今のやり方でいいんですか?」

「うちには細かいマニュアルなんてないし、決まったやり方もないから。これまで通りやってくれればいいよ。あ、そうだ。これを芳江にもって行ってほしいんだ」

 春樹は鶏のレバーを加代に渡した。

「加代ちゃんはこれを肴にして飲みなよ」

 

加代は帰宅すると、春樹からもらった蛙の焼いたのを食べながらビールを飲んだ。

「一人で飲んでても美味くないだろう。俺が付き合うとするかな」

 加代の父は風呂上りでビールを飲みたかったのだろう。娘と向かい合った。

「蛙だけど、鶏みたいで美味しいわよ」

「ほー。それは珍しいな」

「焼き立てじゃないけど、いい味してるでしょう」

「美味いね。喜左衛門にはお父さんがここに来た当時行ったきりで、もう十年以上行ったことがないけど、威勢のいい親父さんは元気か?」

「元気すぎて、いつも文句いわれてる。でも、怒ってもしこり残らないし」

「そりゃいい。人間、腹に一物持ったままでいるとよくないからな。それより、加代も結婚する年頃だろう。誰かいないのかい?」

 どう答えていいのか返事に窮している娘に、ビールを注いでやる父親。

「結婚はしたいときが適齢期だっていうけど、そろそろ孫の顔が見たくてな」

「それは分かるけど、もう少し待ってよ」

「分かった。じゃ、飲み過ぎないようにな」

 父にそういわれるまでもなく、加代はビール一本を飲むと簡単に食事を済ませ、部屋でブログの更新を始めた。

 

 今日は蛙の串焼きもらいました。

 それは私の友人のついでっていう形だったけど、嬉しいもんです。

 彼は焼鳥や椎茸とか焼いてるんで、いつもその匂いがしてます。

 メンズエステとかに行って、上っ面に磨きをかける軟弱な男とは対極の男性です。その彼が今度飲みに行こうと誘ってくれたのはかなり前で、まだ行ってないけど、自分から催促するのは嫌だし・・・ふぅ〜〜〜

 今日はこれでお風呂に入って寝ます。

 

 日記じみたことを書き込んだ加代は、その通り入浴後すぐに寝入った。

 

 冬場にざる蕎麦を食べる者はあまりいないので、万吉は茹でても軟らかくなりすぎないような硬さで蕎麦を打った。それに合わせる天麩羅は美紗緒が揚げ、加代が客席に運ぶ。

「井戸屋は首になったのか?」

「そんなところです」

 客の冗談にも適当に返すことを覚えた加代は仕事ぶりがよく、さらに美人なので客からの人気が高い。美紗緒と同い年なので二人は話が合い、仕事の合間に雑談なども交わしてるようだった。

「芳江さんの調子はいいの?」

「いいみたい。お酒も飲んでるし」

「じゃ、加代ちゃんがここでしっかり修行して、あとは二人で新しいお店出すだけだね」

「そうだけど、駅前で叔母と私がお店出したら、ここが暇になるんじゃないかな」

「それはどうかな?ここみたいに安くて美味しい物出せる自信ある?」

「叔母が色々考えてるみたい。私はいわれたとおりやるだけだし」

「気楽なこといってる。ここで勉強してる意味ないじゃない」

 昼の客が帰り喜左衛門は店員が昼食をとり始めたが、春樹は午前中に訪ねた家をまわってくるといった。

「飯ぐらい食っていきゃいいのに」

「加代ちゃんが作ってくれたサンドイッチでも食べながら行くよ。辛子たっぷり塗ってくれた?」

「はい。バターもですよね」

「有難う」

「雪に気をつけてな」

 はいよーといいながら、春樹は既にサンドイッチを頬張りながら出て行った。

 彼は独居老人や足腰が悪くて外に出られない家に弁当を配っていた。それは午前十時と午後三時で、年老いた彼らの安否を知る意味でも一日二回様子見をしているのだった。

「あんなのは役所に任せりゃいいのに、儲かりもしないことよくやるよ」

「そんなこといって、万吉のお爺ちゃんはそんな春樹さんが自慢じゃないんですか?」

「自慢って訳じゃないが、気の優しいところは俺に似ててな」

 美沙緒と加代、それに梶山がくすっと小さく笑った。

「なんだい?俺に似てちゃ、おかしいか?」

「似てますよ。お爺ちゃんのいいところばかり」

 美紗緒は急須に湯を注ぎながらいった。

「それにしても春樹の奴、どこでそんなこと考えるんだか・・・。寝る間もないっていうのに、孫ながら感心するわい」

 

風越駅から上には集落がいくつかあるが、そこに若い者はいない。皆七十才を超え畑に出るのがやっとか、年金で細々と暮らしてる老人ばかりだった。免許はあっても積雪のために運転の覚束ない連中ばかりなので、春樹は2年前の冬から毎日彼らのところを巡回し始めた。

 ある者は寝たきりで老人介護のヘルパーと春樹が届ける弁当や食材なしでは、生きていけない者も少なくなかった。そのためにも、春樹は損得抜きで見まわっているのだ。

「どう?寒くない?」

「あー。毎日悪いねー」

 耳の遠い老父がようやく春樹の言葉を聞き取り、そういって起き上がろうとする。

「寝てていいから。何かすることはない?」

 湯たんぽが冷めるてので湯を入れ替えてほしいという。それに応え、春樹は湯を沸かしたついでに茶を淹れた。

 

 梶山は昼食を済ませると客もいないので、二階に行きかける万吉に勧められるまま事務所のソファーで昼寝をした。美紗緒は後片付けをして帰り、加代は入り口前の雪を掻き始めた。

 そこに春樹が戻ってきた。

「ご苦労さん。綺麗になったね」

「今日も変わりはなかったですか?」

「あー。皆元気だよ。残った汁粉でも食べるかな」

「何か作りましょうか?」

「いや。サンドイッチも食べたし。美味しかったよ。有難う」

 春樹は回収した弁当箱と汁粉の鍋を車から降ろすと、加代にはストーブにあたるようにいった。

「寒かったろう」

「井戸屋でもやってたし」

「そうか。今夜は鍋でも食べに行こうか」

「いいですね。こんな雪の日はお鍋がいちばん」

 
 この夜は雪が激しく列車もストップした。早仕舞いした喜左衛門では万吉と梶山がストーブの前で将棋を指している。

「加代は春樹に気があるみたいだな」

「そうなんですか?」

「梶さんよ。そんなことも見抜けんようじゃ、女の気持ちは分からんだろう?」

 そういわれると、自分は人間を見る目がないのかもしれないと思う梶山だった。

「春樹が加代と飲みに行くっていうから、あんたを誘ってもわしゃぁ、こうしてあんたを将棋で引き止めたんだがな。そんなことも読めんから、将棋も駄目なんじゃ。王手!」

 参ったーといいながら、梶山は椅子から立ち上がった。

「わしにもビールくれんか」

 梶山は新しいビールを冷蔵庫から持ってこようとした。

「やー。冷えてないほうでな。あんたら若いもんには分からんだろうが、わしみたいな年寄りになると、冬のビールはひゃっこ過ぎて歯に沁みるでよ。冷えてないほうでな」

 梶山は瓶をタオルで拭き、万吉に注いだ。

「これでもまだ冷たいわ。ほれ」

 万吉が梶山に注ぎ返す。

「今年の春は目出度くなるかもな。あんたはもう日取りは決まったんかい?」

「まだ結婚っていうのは」

「あんないい女を、いつまで独りにさせておく気だー。それも東京においとんたんじゃ、悪い虫が付かんとも限らんぞ。さっさと一緒になりゃいいもんを」

 万吉はテカテカに光る禿頭を撫でてはビールを飲んだ。

「わしだったら、無理にでも引っ張ってくるがの。自殺するだけの根性もっとるあんたなら、それぐらい訳もなかろうに」

「参ったなー。自殺する時は根性とかじゃなくて、ただ死んでもいいやって思っただけですよ。根性とかは関係ないです」

「それにしたって、死にきれなんだ。それも死に損なったここで、もう一年ちかくいる。それだけでもたいしたもんだ。人の目を気にせなんで、よう生きとる。自殺なんてもんはするもんじゃないが、それなりに訳があってのことだろう。その挙句死に損なっては生き恥を晒してるもんだ。それをいうとるんや。その根性があるなら、今からでもやり直しは十分できるやろってな。そのためにも、あの女は必要やろうて」

 そういわれても、梶山は波流美に対して積極的になれない。今は自分の生活基盤を立て直すことで精一杯だと思ってる。そのひとつがパソコンの購入だったし、あとはアパートを借りることだった。

「アパートを借りるのはいい。でもな、昔は手鍋ひとつありゃどこでも暮らしたもんよ。ここだっていいじゃないか。わしにしろ春樹にしろ出て行けなんぞという訳ないし。店の横に家を建てたっていいんだぞ」

 喜左衛門の一階は店と事務所。それに八畳ほどの物置があり、そこが梶山の寝床になっていた。

「人生やり直しはきかんが、あんたはまだ若いでのぅ。まだまだこれからじゃ」

 そういうと万吉は火の始末を頼むといい二階に上がった。

 梶山はストーブから薪を取り出し囲炉裏の灰を被せた。そしてパソコンに向かうと、波流美からメールが届いていた。

 

 元気ですか?

 私は班長から班を束ねるマネージャー補佐に格上げになるみたい。

 でも、どうするか迷ってます。

 いろんな人と接触するのは嫌いじゃないけど、疲れるし・・・。

 思い切ってそっちに行こうかとも・・・

 行って、いいですか・・・なんて

 「桜の木の下で」っていう梶山さんのブログ見てます。

 毎日五百人ちかいアクセスですね。

 あのブログでお客さんが増えたっていうのは凄いですよ。

 私も何かブログ始めようかな。

 

 梶山はそのメールに返事は書かず、自分のブログにアクセスした。

 

 さきほどある老人から私の今後の人生についてアドバイスを頂きました。

 人生やり直しはないけど、若いうちならそれも可能だろうというようなことでした。

 私が自殺未遂したことを知ってる人なのですが、その老人とお孫さんの世話になってる訳で、毎日顔を合わせている人です。その老人が初めて私の自殺未遂したことに触れてきたんですが、私は素直にその人の話を聞くことができました。それは贖罪している自分には真摯に受け止めるべきだと思っているからです。

 自分の命といえども両親から、そしてその先祖から頂いた物だということを忘れてはいけないと思います。

 このブログは自殺防止をするための物ではありませんが、そういった方たちも多く見えてるようなので、敢えてこうしたことを書く次第です。

 今、風越は列車がストップするぐらい雪がかなり降ってます。

 そして、私が人生のパートナーにしたいと思ってる女性からたった今メールを貰いました。

この風越にくるかも知れないらしいです。

私としては大歓迎です。

 でも、責任が重くなるので、喜んでばかりいられません。

 

 梶山のブログ「桜の木の下で」は彼自身の素性をある程度明らかにしてる物の、喜左衛門で働いていることは伏せている。それでも、喜左衛門のことをいろんな面で取り上げ、客が来るように仕向けてあった。そこで波流美に対し、彼は間接的に彼女の気持ちを歓迎すると書き込んだのだった。

 

 帰りたくないという気持ちを酒に任せて吐露した加代に、春樹は動揺していた。加代は芳江から預かっているのだ。その姪に恋心を打ち明けられても、彼にはどうすることもできなかった。

 

 雪は風に舞いながら春樹の顔に容赦なくぶつかっていった。

 空を見上げる春樹の目にはどす黒い雲の流れから時たま月が顔を見せる。

 いまさら女のことで悩むか・・・と、春樹はようやくつけたライターで煙草を吸いながら歩き出した。薄暗い街頭で照らされた雪道は駅前でいくつかに分かれている。まっすぐ行けば喜左衛門だが、彼は別の道をとった。酔えない身体は独り、雪の中を彷徨うようだった。

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