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睡眠障害と酒と女と・・・

憧れの女性がそばにいるというのに睡眠障害の俺は何もできずに眠りに落ちていきそうだが・・・

大いなる眠りの果ての 

 ご苦労だったねといいながら、村井が梶山に現金を手渡した。
「これはギャラとは別だ。これでサウナでも行って、ゆっくり休んでくれ」
「こんなに、いいですよ」
「無理な仕事頼んだんだし、遠慮しないでいい」
「有難うございます。サウナもいいけど、帰って、すぐ寝ますよ」
 村井はクライアントから飛び込みの仕事を請け、それを梶山に依頼したのだった。
「こういう難しいデザインは梶さんじゃないと、できるのいなくてね」
 そういわれた梶山は照れるが、眠くてしかたないといった顔だった。
「さて、早いとこ帰るかな」
「悪かったね。お疲れさん」
 村井が梶山の肩をぽんと叩き、彼を送り出した。

 電車に乗った梶山は、隣の乗客が見ていたスポーツ新聞の記事が気になってしかたなかった。
 カリスマモデルの富永沙織 不倫騒動で渡米か?
 その見出しは大きいが、記事本文は小さくて読めない梶山だった。その彼が駅に着くとすぐにスポーツ新聞を買い、それを改札口脇で読んでいると携帯電話が鳴り始めた。
「元気ですか?」
「偉い騒ぎになってるじゃないか」
「そうなんですよ。そのことで、相談したいと思って。これから会いたいんですけど……」
「こんなとき、出歩いて男と会ってるところ見つかったら、事務所首になるんじゃない?」
「それで、できたら梶山さんの自宅で会えないかと思って……。ゆっくり写真撮りたいっていってたし、今ならそれもオッケーだし」
「それは有難いけど、こんなときはよしたほうがいいんじゃないかな。こっちは2日連荘の徹夜明けだし」
「そこを助けると思って、何とか、お願い。何でもいうこと聞くし、脱げっていえば、脱いでもいいわよ」
「気持ちは分かるけど、今は眠くてしょうがないんだ」
「富永沙織、一生のお願いだから……」
 
 富永沙織といえばファッション雑誌だけでなく、あらゆるメディアで引っ張りだこの人気モデルだった。
 日系ブラジル人のクォーターで、エキゾチックな彫りの深い顔が情熱的だった。
 175cmという長身でスリムな体型のわりにバストとヒップはほどよくボリュームがあり、そのくせウエストがかなり細い。
 そんな彼女は男性だけでなく女性からも絶大な人気を持っていたが、コメディアンの大御所であるグレタメジナとホテルで密会してるところをスクープされ、それがテレビなどのメディアで面白おかしく取り上げられていた。

「グレタさんに誘われて部屋に行ったけど、メジナさんも一緒だったのに、2人でエッチしてるなんて書かれて、大迷惑よ」
「グレタ所属の、西野企画がやりそうなことだな」
 どういうことと聞く沙織の質問に答える梶山の眠気はいくらか薄らいでるものの、新聞の文字はかすんでいる。
「しょうがない。家にくればいい。でも、寝たらごめんだよ。30時間以上寝てないから、家に着いたらダウンだと思うんだ」
「それでいいけど、行ったときは起きて下さいよ」

 駅からタクシーに乗るほど遠くもないマンションまで、梶山はしょぼついた目をこすりながら歩いた。
 あの富永沙織が家に来るのか……
 意識朦朧として眠いくせに、沙織の顔を思い出してはにやつく梶山だった。

 マンションに着くとすぐに窓を全開し、残暑の陽射しでくぐもった部屋の空気を入れ替えた梶山。
 風呂を沸かしぬるめの浴槽に全身を伸ばしながら仰向けになった。賃貸マンションだが浴室は広く、浴槽で寝そべっている。そこにビールを持ち込んで飲みながらテレビを見ていると、梶山の目に富永沙織を取り上げたワイドショーが入ってきた。

 グレタさんが次回の映画に話題沸騰のモデル富永沙織さんを出演させることになり、そこで2人が打ち合わせをしていたというのが富永さん側の主張なんですが、グレタさん側は会見拒否なんですね。これはどういうことかというと、これまで何回か浮気が発覚していて奥さんに頭が上がらないグレタさんが雲隠れしてるということもあるんですが、彼がロケのためにアメリカに行ってるということもあるようです。

 そんな芸能レポーターのさもありなんという話を流してるテレビを消し、お気に入りの思い出の夏やカサブランカなどの映画音楽を聴き始めた梶山。
 村井のデザイン事務所で5日間缶詰状態だった梶山は、ほとんどが前屈みの姿勢をとっていた。はじめの3日間こそ朝は9時から夜は7時で仕事を切り上げていたが、これでは間に合わないと思うと最後の2日間は寝ずにややっこしい仕事を仕上げた。
 その疲れも好きな音楽を聴きながら風呂に入ってると、酷い肩こりと筋肉がほぐれてまどろんでくる。
 まともな食事をとってなかったせいか、仕事が終わったらあそこの店で会席料理を食べたいなどと思っていたが、それも今では睡魔に負けてだらしない姿で居眠りし始めていた。

「沙織です。起きてますか?」
 そんな声がだんだん大きくなり、梶山はぴくんと身体をはね返らせて上体を起こした。
「来たね……」
「来ましたよ」
 沙織は梶山が好きだという海老入りの薩摩揚げと赤飯を、毛深い絨毯に据えられた螺鈿のテーブルにひろげた。
「薩摩揚げ、焼きましょうか?やーだ。バスタオルだけじゃなく、何か着て下さいよ」
「ごめん。慌てて風呂から出たから」
「焼きます?」
「さっと炙る程度にね」
 沙織は初めて訪ねた梶山三郎の落ち着く居住まいを観察しながら、ガス台の網に薩摩揚げだけでなく初物の松茸も乗せた。
「おー。松茸とは気が利くな。さすが、億を稼ぐモデルだね」
「それは事務所で、あたしなんて雀の涙ですよ」
 沙織は笠から泡を吹いている松茸を皿に乗せビールと一緒に、梶山が陣取っているソファのところに持って行った。
「さ、召し上げれ」
 梶山は松茸の香りに眠い目を再び見開いた。
「美味いねぇ。君も食べたら」
 沙織は箸を使わず、指で松茸をつまんで口に入れた。
「長野のお爺ちゃんが、よく採って来てくれたのね、松茸。おいっしぃー」
「ブラジルの血が入ってるっていうのに、松茸が美味いなんて、なんかおかしいな」
「生まれ育ったのは日本だし」
「そりゃいいけど、グレタとは、実際のところどうなってんだ?」
「どうもこうもないですよ。メジナさんもいるしマネージャーもいるからっていうんで部屋に行っただけだのに、撮られた写真はツーショットで……」
「西野が小細工してんだよ」
「それって、あたしを利用してるってこと?」
「だろうな。お笑いの大御所なんていったところで、たいした芸もないグレタが映画監督やり始めた。これといった話題のない芸能界に、メディアが飛びつきそうな君のことを、餌にしたんだろ」
「やっぱりそうですよね。嵌められたと思ったし……」
「身体は、無事なんだろうな?」
「当然でしょ。あんなキモワル親父に、誰が触らせますかって」
「ならいいけど、俺は君がこの部屋に来るときは覚悟して来いっていったの、覚えてる?」
「はいはい。ちゃんと、覚えてます」
「って、ことは、その気で来た訳だ?」
「そういうこといわないで!あたし、梶山さんは仕事でのベストハーフだと思ってるし。だから、ここに来たんだし」
「分かった。じゃ、これ以上、何もいわない。でも、こっちが望んでることはしてくれるんだよね」
 床に座り梶山の口に松茸を運んでた沙織が、隣に座り彼の口をティッシュで拭いた。
「松茸の味、するよ」
 沙織が笑いながらいう。
「富永沙織が俺にキスしてるっていうのに、眠くてしょうがない。それなのに、気持ちいい」
 沙織のキスに、梶山は自ら積極的に彼女を抱き寄せることもできず、頭が重く身体の力が抜けていくようだった。
 ドラッグなどやったことはないが、これがそういう状態なんだろうかと思う。いや、これは手術するときに打たれた麻酔のようだと感じている梶山だった。
「無視しないで、寝ていいですよ」
 ティーシャツとスカートを脱ぎ、ブラジャーのストラップを下ろしている沙織の姿がじょじょにぼやけていく。
 せっかく沙織を抱けるというのに、俺はこのまま睡魔に負けて寝ちゃうのか……
 仕事仲間だけでなく、ネットでも評判の富永沙織が裸になってるというのに……
 そんな思いの梶山の瞼が完全に閉じられた。
 梶山さんがいってた病気って、このことだったのか……。仕事大変だから、睡眠障害も酷いんだろうね。今日は徹夜明けだっていうし。
 沙織は梶山の心中を察していた。

 金も要らなきゃ女も要らぬとは梶山の口癖だったが、そんな彼から真剣に口説かれたことが何回かある佐織だった。
「あたしなんかより、いい人たくさんいるじゃない」
「デザイナーっていうだけで、実際には付き合うところまでいかないって。せいぜい飲みに行くぐらいかな」
「それ以上、何が目的?」
「分かりきったこと聞くなよ。男と女。行き着くところは、あれしかないだろ」
「エッチなこと考えてるのね」
「エッチっていうより、人間に最低限必要なことだろ。それが自分の理想としてる相手とだったら、もっとテンション上がるし」
「そうよね」
「でも、最近の俺ときたら、女より酒飲んで寝るほうのがいい。家で飲むのは気楽でいい。寝たくなればその場でバタンキュー。誰に気兼ねすることもない。でも、とんでもない早い時間に寝ちゃうとすぐに起きて、その後寝られなくて大変だけどね。だから、沙織ちゃんみたいな子と、たまには飲んでみたいんだ。そうすりゃ、早く寝るなんてこと、ありえないし」
 焼き鳥屋で梶山からそんなことをいわれたのを思い出す沙織だった。

 デザイナーとカメラマンを兼業してる梶山にはそれなりの地位と名誉があり、彼を利用してメデイアに名を売り込もうとする女性がたまにいる。だが、彼にしてみればそういった女性のほとんどに興味がなかった。
 可愛いとか美人とか腐るほど見ている彼にとって食指を動かしたくなる女性とは見かけだけでなく、彼のそのときの精神状態如何によってかなり変わるようだった。
 仕事が順調で何もかも思い通りにいってるときは高嶺の花的な女性でも声を掛けるが、イラついてるときなど誰でもいいから横にいて欲しいと思う。そうは思うものの、実際の彼は得てして女性と肌を重ねることはほとんどなかった。それはセックスによる快感より酒を飲んで適度に酔い、そのまま見心地で寝るほうのが快適だと思ってるからだった。それでも、富永沙織を見たとき彼女と戯れの酒を飲みながら、現実を忘れ女体に溺れてみたいと思ったのも事実だった。

 寝る、食べる、セックスが人間にとって必要かつ最低限の欲だという。そのために人は働き、その報酬をそれらを満たすために遣う。もっとも、そのどれに比重を置くかは個々によって違う。
 梶山は小さい頃から歯軋りをし、10時間以上寝ても快眠できた思うことがほとんどなかった。そんなことが30年以上も続けば肉体的だけでなく彼のどこかに潜んでる本能が、寝かせてくれと叫ぶときがあるのかも知れない。だからこそ、半年前から心に思い続けている富永沙織の愛撫にも起きることがない。
 それは徹夜が続いたということでもなければ、酒の酔いが手伝ってのことでもない。梶山の寝たいという肉体的な必然性と心の欲求がシンクロし、さらには憧れの富永沙織がそばにいるという欲望が満たされたからに違いない。

 ブラジャーをはずした富永沙織のバストが目に焼きついていて、それと同時に麻酔薬を打たれたような身体の痺れを覚えて眠りに落ちた梶山三郎がを見ている。
「沙織ちゃんがそんな格好してると、凄く淫乱に見える」
 沙織にブラジャーをはずさせ、手でバストを隠すようにポーズをとらせている梶山だった。
「自分で命令してるのに、勝手なこといってる」
 不貞腐れはしないものの、カメラからぷいと横を向いた沙織。少女のように拗ねたその表情がよく、続けざまにシャッターを押す梶山。
「でも、何でヌードになる気になったのかな?」
「1度は撮っておきたいからかな。若いときじゃないと、ヌードになれないし」
「まだ21だし、焦ることないだろうに」
「梶山さんとエッチして何もかも見られたし、恥ずかしがらなくていいからかな」
 そういう沙織の顔はつくったポーズではなく、心と身体を許した梶山に対する親愛の表情だった。
 沙織のくるくる動く大きな瞳の中に、カメラを構えた梶山の姿がキャッチライトとなって映っている。
「ヘアヌードの沙織ちゃんの写真集出したら、皆がどんな顔するか見てみたいもんだね」
「あたしもそう思うけど、これは絶対人に見せないもん。梶山さんだって、見せないでよ」
「分かってるよ」
 そんな沙織のことから子供のときのことなど断片的に梶山のは変わっていった。

 梶山が気付いたとき、沙織の姿はなかったが彼女の書いたメモが置かれていた。
 3日間ていうか3日前の昼過ぎから、今日の夕方まで1回も起きない梶山さん。
 死んでるんじゃないかって心配したけど、心臓は動いてたよヾ(@°▽°@)ノ^^;
 お仕事大変だけど、無理しないでね。
 あたしの今回の事件っていうか騒動は、事務所がうまく処理してくれたみたい。
 とりあえず、グレタさんとの噂は否定されました。
 お世話になりました(^-^)//""
 今度はお目々パッチリした梶山さんと、ゆっくり楽しみたいです(*^^)。・:*:・°(゚∇^*)⌒☆
 じゃーねぇ

 沙織を抱かずに帰してしまったことを悔しく思うものの、すっきりした寝起きに満足している梶山だった。
 梶山が布団から出たとき、彼は下半身に異常があるのを悟った。
 30過ぎて精なんて事があるのかと、梶山は自嘲とも苦笑ともつかないおかしさに呆れている。
 梶山がそんな思いをしてるとき、沙織は彼のマンションを出たばかりだった。
 華やかにみえるモデル業界にいる沙織だが、その実、男との付き合いはほとんどなかった。恋人と別れて半年間、男の肌に触れたのは今回の梶山が初めてだった。それも寝ている男だった。

                                       
                    完 

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