空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能
8 邂逅 
 
 美咲は久しぶりに由乃を訪ねた。
 痩せてはいるが元気そうな姉の姿を見てほっとしている。
「いつまでも仕事してないで、もう辞めればいいのに。年金だって貰えるんでしょう」
 由乃自身そろそろ辞めようかと思い、年末に会社へ退社願いを出した。後任が見つかり次第辞めてもいいということになったが、パートの応募に来た者がなかなか定着しないので、仕方なく続けてる状態だった。
「お姉さんも結婚してから苦労しっぱなしだったし、ここらでゆっくりしたほうがいいわ。春樹だって今はお金入れてくれてるっていうし」
「春樹の仕事もね、あったりなかったりなんだよ。でも、少ないながらに生活費はくれるから。それと年金合わせればなんとかやっていけそうだけど」
「あれも高校でぐれちゃって大変だったでしょう」
「ぐれたっていうことじゃないんだよ。自分のやりたいことと進路の違いっていうか。そういうのに嫌気がさしたんだろうね。うちの人は春樹のことを思ってのことだけど、春樹にはそれが分からなかった。それで私が間に立って色々苦心したけど、結局、躾がなってないってことで散々、私のことを罵った。それを見た春樹が夫のことを殴って・・・。後は美咲も知っての通り。でも、春樹が働かないっていうことはないんだよ。景気に左右される仕事だなんて、私には分からなかったけど、ペンキ屋っていうのはそれだけじゃなく、競争も激しいらしいのよ。それを何で仕事に行かないんだって聞いても、あの子は仕事がないんだからしょうがないだろうっていうだけで、詳しくいわないもんだから。それを、私が実家で愚痴ったもんだから、あんたにも春樹のことを悪く思わせてしまっただけのことなんだよ」
 そのことは美咲も知っていたが、それでも顔をあわせても挨拶も碌にしない春樹をいいようには思えなかった。
「それだってサラ金から借金しまくって、挙句には自己破産したんでしょう。それで姉さんに無心してたじゃない」
 
 職人というのはサラリーマンと違い、よほど手広く仕事をやっている会社でなければ決まったベースアップなど稀なことだろう。親方の気持ちしだいで手間が決まってしまう。バブルがはじけて仕事量自体も激減したところに、手間賃は上がるどころか下がるいっぽうなので、経営者側としても非常に厳しい状態だ。1ヶ月のうち半月も仕事があればましなほうで、開店休業といったペンキ屋はざらなのだ。
 高校中退では希望の仕事に就けなかったし、せっかく手に職をつけた塗装職人として身を立てていこうとしている息子のジレンマが分かると、朝っぱらから酒を飲んで寝転んでいる息子を責め続けた由乃は、自責の念に駆られたこともある。
 
 そんな経緯を聞かされた美咲だが、仕事がきれるんだったら他のペンキ屋と掛け持ちでもすればいいのにと思うが、現実はそれほどうまくはいかない。彼女が思う前に、春樹とて馬鹿ではないのだから当然の如く仲間にそれなりの対処はしていたのである。
 何はともあれ姉が元気でいることで安心した美咲は、温泉でも行こうといった。
「お姉さんが好きなところでいいから。行きたいところあるでしょう」
「温泉ねー。先月は蓼科へ行ってきたばかりだし。でも、雪見の露天風呂はよかったよー。何年かぶりにビール飲んで、ご機嫌だったわ」
 嬉しそうにいう由乃の顔は微笑んでいた。
 美咲は行き場所が決まったら連絡してといい、姉に3万円を小遣いにしてと手渡して帰った。
 
 春樹は山岳部の同好会に入り、冬山の訓練を積んだ。
 富士山で雪上訓練をした時、春樹の素質に目を止めた男が彼の粗暴さを注意したことがある。いくら技術が巧くても、言葉遣いが悪かったり人間的に未熟だと、一緒に山へ行こうと誰も誘ってはくれないだろうと。
 同好会とはいえ、生命の危険を伴う登山は人との信頼関係がなければ団体行動はできない。
 そういうことで、春樹は言葉遣いは勿論普段の言動にも気遣うように変わっていった。
 
 瀧子は本格的な温泉サイトを立ち上げた。
 趣味だけではなく事業としてやる以上、訪問者を増やさなければならない。その為にSEO対策も万全にした。
湯治をメインとした「湯らり湯ったり湯気のなか 湯治場温泉 夢見旅館」の初日の訪問者数は3千人弱だったが、その後は尻上りに増え、1ヵ月後にはコンスタントに1万以上のヒットを続けた。
サイトのタイトルに夢見旅館とあるが、これはサイト自身を旅館に見立てているだけのことで、「夢見」が人の気持ちを惹きつけるキーワードになっているのか、あらゆる分野からの訪問者があった。
ネットで或る言葉を検索にかけた時、思わぬところに行ってしまうのはよくあることで、夢見がどうして湯治や温泉に繋がってしまうのか訪問者は戸惑うだろう。だが、温泉なら行きたいしちょっと見てみようと、本来の検索を忘れて立ち寄ってしまう。
構成内容は温泉に入る意義とその効能。レポーターが実際に足を運んだ温泉宿の紹介。レポーターの呟きなどを毎日写真やイラスト入りで紹介するコーナー。全国各地の特産品や飲食店の紹介。それに瀧子自身のエッセイなど、多岐に亘ってのブログ形式だった。
そのブログを、湯治宿だけでなく一般の温泉宿や飲食店などの広告収入と予約料で賄うにはまだまだ時間がかかるが、瀧子の当初の目的は達せられているようだった。
 
春樹の自分に対する所作が変わってきたことに、由乃は驚きを隠せなかった。
「何かあったのかい?」
「何かって?」
「だって、急に優しくなったし」
「今までがおかしかっただけじゃないのかな。お袋には心配かけてきたから、少しは親孝行しなきゃいけないし」
「親孝行なんていいんだよ。春樹が独り立ちしてくれれば、それだけでいいんだから」
 春樹自身独り立ちしてるつもりでも、給料前には金が足りないといっては5千円貸してくれないかといったりしていた。それを由乃は親に甘えていると思うのだった。
「三村さんのところが暇なんで、今度違うところに行く。山岳会の人で工務店やってるのがいて、そこでペンキ屋が辞めたばかりだっていうから」
「そうかい。いろんな人と付き合って幅を広げるのはいいことだし、母さんは賛成だよ」
 しばらく禁酒していた春樹だが、鍋料理を肴に熱燗を飲みながらいった。
「これ。三村さんが退職金だってくれた。これで温泉でも行ってくればいいよ」
 1年もいなかったが、春樹の腕を見込んでいた三村は申し訳ないといい20万円を手渡していた。
「いいよ。それはあんたが使えばいい。母さんにだって貯金ぐらいあるし。それより、明日で仕事辞めることになったよ。それで美咲と温泉に行こうって誘われてるんだけど、どこかいいとこ知らないかい?」
 これまで仕事がきれると、春樹は気のむくまま旅に出ることがあった。温泉など興味がなかったが、山へ行くようになってから、下山後に風呂に入ることは最大の楽しみになっていた。槍ヶ岳の帰りに泊まった茅葺屋根の温泉宿を思い出し、彼はそのことを話した。
 由乃が酒を注ごうとすると、春樹はグラスを両手で持った。
「なんだい。親子なんだからそんな他人行儀じゃなくていいんだよ」
 春樹は自然とそういう作法が身についているようだった。
「これも山のおかげかな」
「いい山岳会に入ったもんだね。そういえば去年の暮れ蓼科へ行った時、山から降りてきたばかりだっていう若い女性2人と話がはずんでね・・・」
 由乃は瀧子が撮ってくれたその時の写真を春樹に見せた。それを見た春樹が驚いた。
「この女性は綺麗だったよ。春樹もそろそろ結婚を考えないとねー」
 由乃が見せた写真には長田由紀と潤が写っている。
「この女性。覚えてないの?」
「え?」
「俺が入院した時見舞いに来てくれただろう。彼女はお袋と入れ違いだったから、顔をよく見てなかったのかも」
 そういわれた由乃は、食事のときに由紀が自分の顔を何度か見詰めていたことを思い出した。
「それで、私の顔を見てたのかねー」
「ま、お互いにちゃんと話したことないから記憶が曖昧になってたんじゃないの。それはいいけど、木瓜ないでほしいもんだね」
「そうだといいけど。そのためにもブログやってるし」
「何書いてるか知らないけど、あまり無理しないほうがいい。目も悪くなるし」
 春樹は由乃の体を気遣っていった。
 
 春樹が所属する山岳会ブロッケンは1月の山行に、谷川岳の展望台でもあり急峻な尾根登りで有名な白毛門を選んだ。
 たっぷりと水分を含んだ雪のラッセルは想像以上に困難を伴い、29歳の春樹でもかなり堪えるものだった。それでも何くれとなく皆が指導してくれるので、春樹は弱音を吐かなかった。その帰りには皆で恒例の温泉に浸かった。
「かなり慣れてきたようだね。このぶんだと来年はアイスクライミングに挑戦できるんじゃないかな」
 そういうのは春樹に仕事をさせている大沢岳雄だった。
「今は他の山岳会員になってるけど、一応名誉顧問という肩書きの長田由紀さんていう女性がいてね。彼女のクライミングは素晴らしいんだ。的確なルートファインディングと強靭な体力は男も顔負けだよ」
「らしいですね。今年はチョモランマの遠征隊にも選ばれたとか」
「よく知ってるね。それで山は引退して結婚するらしい。山岳会から脱退したからって、山は行くだろうな。一度山の味を知ったら、辞められるわけないから」
「でしょうね」
 春樹は由紀を個人的に知っていることを伏せながらいった。
「今夜は彼女がOBとして此処に来る。年末に行った北鎌尾根のスライドを見せてくれるらしい」
 
 この夜、春樹は食事を終えると広間に集まった皆に資料を配ったり、新人としての役割をこなしていた。準備が整うと、皆は由紀の登場を待つばかりとなった。
 雪焼けした由紀が部屋に入ってくると12名の会員がいっせいに拍手で迎えた。
「お正月は過ぎましたが、今年初めてお会いしますね。皆さん、明けましておめでとうございます」
 由紀は会長から聞いていた村井春樹を一瞥した後、スライドの映像を説明していった。
「私としては5回目の積雪期の北鎌尾根で、夏よりは楽な気がします。ただ、ルートを見誤るととんでもないことになるので、その点は十分留意して頂きたいですね。技術に溺れることなく、体力を過信しない。そうすれば、山が裏切ることはないですから」
 由紀はスライドをケースに戻すと、会長の勧めで車座の中に入った。
「ご無沙汰してるけど、一人前の山男になりそうね」
 由紀が春樹にいうと、大沢は春樹の顔を見た。
「知ってるのか?」
「えー。雲取へ一緒に行ったことがあります」
「あの時は悪かったわね、置いてきぼりにして」
 春樹は自分こそ悪かったと非礼を詫びた。
「遠征隊の参加。頑張って下さい」
「有難う。お母さんがあなたが安達太良に行ってるといってたけど、心配かけないようにね」
 由紀はやはり母のことに気づいていたのだと、春樹は知った。
「あの時長田さんと一緒にいた潤は、僕の彼女ですよ」
これには由紀が吃驚させられた。
「彼女が4月から私の部下になるけど、その時、私は日本にはいないわ。あなたがしっかりリードしてあげなきゃ」
 春樹は由紀にビールを注いだ。由紀は春樹に返杯した。
「単独もいいけど、パーティーの素晴らしさもいいものよ。それは山だけでなく、人生でも同じだと思うわ」
 
 由乃は瀧子に頼んで春樹が教えてくれた宿の手配を頼み、合掌造りの温泉宿にいた。風呂は別棟に内風呂と露天風呂があり、雪野面の彼方には山並みが見える。その風呂から上がれば日本海の鰤や鱈など新鮮な魚料理を食べ、2人は熱燗でほろ酔い気分になっている。
「こないだ春樹が携帯電話を買ってくれてね、なんでもないことをメールで送ってくるんだよ」
「へー。あの子も変わったものね」
「気味が悪いぐらい変わったもんだよ」
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コメント
この記事へのコメント
桜子ちゃん 2008/02/24(日) 12:24 ID:-
追いかけっこしているみたい・・・読んじゃった!
続き?
日本人は・・・ハッピーがお好き!?
フランス人は・・・多分、結末がフェィドアウトしていきながら、
よく分からないじれったい?・・・終わり方?
アメリカ人は・・・次回に続く・・・みたいな?
桜子ちゃんなりの、考えです。
ちなみに、桜子ちゃんの中では、「俺29男だよ」の結末は
決めています?・・・勝手に・・・
だから、少しドキドキです。

本文とは関係なく、愛する人と
純白の雪の中で永遠の眠りにつけたら〜・・・なんて?

あ!お仕事忙しくなったら更新も大変ですね。
両方、頑張ってね!
追いかけっこ?チェイサーですね^^ dorunkon 2008/02/24(日) 14:54 ID:hdScUxTA
どうなるんでしょうか・・・ねー
私にもさっぱり分かりませんよ、結末は。
ドシロウトがぶっつけ本番で連載にチャレンジするという無謀さ。
自分ながらにも、大変なことをしてるんだなーと痛感してる次第です。
これがプロならどんでん返しもあるでしょうが、
悲しきかな私は素人なんで、自然に任せるほかありませんv-284
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