空想は小説より奇なり

自作小説の連載です 立ち読み大歓迎です
その気になれば細分化も可能
 息子の春樹が癌かもしれないと知っても、由乃は誰にも相談しなかった。だが、入院費用がないのでしかたなく、両親へ借金の申し入れにいった。
「春樹が癌とはな・・・。だが、あれも親不孝な奴だし、このままほっといて少しは苦しんだほうがいいんじゃないか」
 そういわれては返す言葉もない由乃だった。
「ま、わしにしたら孫だからなんとかしたいとは思うが、ああいう道楽息子には、もう見切りをつけてもいいんじゃないかな。由乃だって、たいがいあれには泣かされてきたし」
「お父さんの言いたいことは分かります。その上で無心にきたけど、どうやら私が甘かったようね。確かに春樹は半端者で端にも棒にもかからない。それでも私のお腹を痛めた子供なの。今日のことは忘れて」
 
 医者から癌であることを聞かされていない春樹は、腹痛が治まると、相変わらず酒と女に日々を費やしていた。その合間に気が向けば仕事にいくといった調子だった。
「春樹。あんた明日は29才の誕生日よね」
「それがどうかしたのかよ」
「人生なんてあっという間よ。これからのことを少しは考えてる?結婚して子供ができたらお金だってかかるし、今みたいなことじゃやっていけないわよ」
「そんなこたぁ分かってるって。土曜に金はいるから、それまで2万貸しくれよ」
「あたしの全財産が20万円ある。その半分持って行けばいい。それで遊んでくればいい。でも、その後は入院よ」
「誰が入院なんだよ」
「あんたに決まってんでしょ。癌は早めにとったほうがいい。それぐらい知ってるでしょ、あんただって」
 春樹は自分の病気が癌ではないかと薄々感じてはいたが、医者が胆嚢炎だというので安心していたのだった。
「お医者さんには私が口止めしといたからあんたは知らなかっただろうけど、ほっとけば肝臓や膵臓に転移して、早ければ半年で命を落とすことになるって」
 
 家を出る際に涙を浮かべながら金を手渡してくれた由乃のことなど忘れたかのように、春樹はキャバクラで美紗緒という女を口説いていた。
「しょうがないな。明日も同伴してくれるならいいよ」
 このところ金さえあれば美紗緒に入れあげている春樹は、ついに彼女をホテルに連れ込んだ。
「もう少ししたら人に会わないとなんないから、早くやって」
 これまで何十人という女と肌を合わせてきた春樹だが、そんなことをいって風呂にも入らずさっさと服を脱いでベッドに行く女は初めてだった。
「ふざけんじゃねーぞ。てめーみてーな女。誰がやるかってんだ!」
 そういって1人でさっさとホテルを出た春樹は、虚しさが込み上げてきて息ができないほど苦しくなった。と同時に彼の脇腹を激痛が襲い、自動販売機にもたれかかるようにして痛みが治まるのを待つしかないようだった。
「酔ってるの?大丈夫?」
 口もきけないほどの痛みで額に汗をかいている春樹の様子に、長田由紀は救急車を呼ぼうかと聞いてみた。
「み、水だ」
 由紀は自分の飲みかけのペットボトルをバッグから急いで取り出し、キャップを開けて春樹の口に持っていった。
 それを飲み下すと胃だかなんだかが動き、春樹は唸るようにしてしゃがみこんでしまった。
「いま119番かけるから」
「やめてくれ。どうせ、来週入院するんだから」
「え?」
「終電なくなるぞ」
「そんなこといい。ね、本当に平気なの?」
「少し待ってれば治るって」
 由紀はネットカフェで夜を明かすつもりでいたが、春樹をこのまま置き去りにする気になれなかった。
 目を開けられないほどの激痛でずっと脇腹を手で押さえながら抱え込んでいた春樹だったが、しばらくすると嘘のように痛みがぴたっと止まった。そして目を開けると、真っ黒に日焼けした女の顔が目の前にあった。
「平気?」
「やっと治ったみたいだ」
 ふーっと息を吐き出した春樹は立ち上がり、ビールでも飲みに行こうと女を誘った。
「お腹痛かったのに、大丈夫?」
「平気だって」
 そういいながら煙草をふかす春樹だった。
 
 長田由紀は韮崎の出身だが、地元の山梨の大学を卒業すると東京で就職した。IT関連の企業に就職したが3年後に倒産の憂き目に遭い、今は派遣の仕事をしながら週に2回、夜はキャバクラでアルバイトもしている。
 アパートの家賃は5万円ほどだが山を登るのが生き甲斐で、日本各地だけでなくニュージーランドやカナダにまで足を伸ばすこともあり、とにかく稼がなければという毎日だった。
 幸いなことに派遣といっても使い捨てにされるような誰でもできるといった仕事ではなく、中国語の通訳と貿易事務をこなしているので、週3日だけでも1ヶ月の収入は20万を越える。それにキャバクラのを併せると、多い月には35万ほどになるときがあった。それでも、それなりに服を自腹で買ったりするので、いつもぎりぎりの生活費だった。
 
「あたしもいつかはチョモランマに行きたいから貯金してるけど、なかなか貯まらないし。こんなふうに焼肉食べるなんて何ヶ月ぶりだわ」
「へー。山女だったのか。だから俺みたいなのも、ザイルでつないで見殺しにしなかったんだ」
「ザイルなんて知ってるの?」
「アンザイレンっていう映画見たことあるんでね」
「あれはよかったよね。見てて涙出てきたし」
 
 春樹はこれまで見てきた女性と違う長田由紀に新鮮さを感じていた。
「いつもなら、これからホテルに誘うところだけど、あんたにはそんなことできないな」
「なにいってんだか。それより、入院するってどういうこと?さっきの腹痛が原因?」
 胆嚢癌であることを話した春樹は、タクシーで帰るように1万円札を彼女に渡した。
「なによ、これ」
「命の恩人みたいなもんだし。これで帰れば。俺は歩いて帰れるから」
「いいよ、お金なんて。それより、癌なんて今は怖い病気じゃないから心配しないほうがいいわよ。お見舞いに行くね」
 2人は携帯電話の番号を教えあうと店を出た。
 夜更けの街でも人はあっちこっちにいるし、コンビニやファーストフードの24時間営業の店もあった。
「明日は奥多摩へ行くんだ。あそこで始発待つことにするから。あなたも元気でね。電話待ってるから」
  にほんブログ村 小説ブログへ
スレッドテーマ:小説・文学 自作連載小説
新しい記事へ移動する  
 
コメント
この記事へのコメント
この記事へのコメントを書く
[非公開]管理人にメッセージを送る

パスワードは、「ID生成」「コメントの編集」に使用します。

コメントの編集は、IDから編集画面へリンク

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://dejavuewords.blog5.fc2.com/tb.php/1-4fc94d74
この記事へのトラックバック
 
 
トップへ
FC2カウンター
ブログ内検索
訪問者の皆さんへ
HTML要素

このブログは主に自作小説の掲載です。
気楽に読める大人の小説を目指しています。
立ち読み大歓迎です。
たまに山や旅の写真の紹介もします。
ここで連載して完成したものは 一部手直しと校正し、リンクの「夢想国師」に 上梓しています。
ご愛読いただける方はそちらへいらしていただければと思います。

ブロとも申請フォーム
pictlayer
QRコード
QRコード