6 表裏比興の者
吉村が田舎っぺの近所で出店させたら報奨金を割り増しするといったのが効いたのか、このところワンコインの出店数がかなり増えている。それは加盟料を下げたことによる相乗効果で、ついには風越駅前にも出店してきた。
「ごめんなさいね。村井さんと話をしてもここじゃあなたと競合することになるからっていわれたし。それでワンコインと話がとんとん拍子に決まっちゃって」
「いいのよ、そんなこと。風越のこの町のためにもなるし、いいじゃない。お互い、頑張りましょうよ」
「そういってくれると、助かるわ」
「花輪まで出してもらって、申し訳なくて」
「近所のよしみよ。隣同士ライバルだけど、私だって負けないわよ」
ワンコインはホットドックとハンバーガーにヤキソバの食材と販売さえしてくれれば、それ以外の縛りはあまりない。
それで、麻耶は三十坪ちかい店内に生活雑貨や食料品、それにラーメンも提供した。それに、夜は飲み客相手に焼鳥やちょっとした一品料理も出してるので、かなりの客が入っている。
芳江の喜左衛門駅前店はその煽りを食っているが、本店に比べれば売上げの減少は差ほどでもなかった。
喜左衛門本店は駅前支店とワンコインによるダブルパンチを見舞われていた。そればかりか、田舎っぺの加盟店がワンコインに鞍替えするという事実を知り、精神的にも衝撃を受けていた。
野瀬はワンコインに店替えしたところを訪ねまわり、十日間の出張から風越に戻った。
野瀬夫婦の住まいは村井達と同じ風雲舎に隣接したところだが、田舎っぺの事務所は駅そばの旧風越荘に置いたままだった。その門をくぐれば水が打たれたばかりで、真夏のような暑さも少しは薄らぐ感じだった。
「ご苦労様」
「ただいま。受注状況はどうだ」
「落ち込んでるわ」
「そうか・・・」
「ニ、三店ならいろんな対処法もあるけど、千店以上で全国に散らばってるっていうのは、手の打ちようがないわ」
「専務のお前がそんな弱気じゃ、社員に示しがつかないじゃないか。皆の前では、間違ってもそんなこというなよ」
そうはいうものの、健太郎にしても打開策を見つけられないまま、宿でも寝付けない日々を送っていた。
ワンコインはワンダラーで抱えている在庫のうち、賞味期限切れが迫った物を安く仕入れ、それを加盟店に卸している。それだけでなく、独自の問屋も抱えていた。卸値の安い物をスポットで加盟店に提供し、加盟店は売値を通常の半値近い額で販売できた。それは食材や清涼飲料だけでなく、雑貨にしても同様だった。その上縛りがないので、加盟店側としては気楽に商売ができるのだった。これでは、田舎っぺのお株を奪ってるといっても過言ではないだろう。
加代が離婚して風越に舞い戻ってきた。子供さえも相手に親権を渡してのことだが、その顔に翳りはまったくなかった。
「三年ぶりに帰ってきたら、町営住宅ができてるっていうし、駅前のお店も増えて、ここも都会なみになってきたみたい」
「人口が増えるのはいいけど、この先どうなるのかしら」
芳江は加代をさらし野に連れてきていた。
由紀の店は町営住宅建築中、昼間も定食をやっていたことでかなりの儲けがあった。夫の浩二は遠海町の目抜き通りに鶏そばの店を出し、それも順調だった。その浩二は夜の八時には店を閉め、その後はさらし野を手伝っている。
「遠海のほうは昼間になると、ランチ難民ができるほど忙しい」
「へー。風越ももっと住人が増えればそうなるのかな」
「やーよ。この街はそんなふうになって欲しくないわ。下の農家なんか畑にマンション建てたりしてるけど、借り手がつかないっていってる。農家の人は農家をやってればいいのに、銀行や農協におだてられてそんなの造っちゃうのよ。ここにマンションなんていらないのに」
「そうはいうけど、分校を守るためには住人増やさなきゃいけないし、マンションとはいわないけど、外からきた人たちが住む家は必要じゃない」
「小椋とかに空き家がたくさんあるし、手入れすれば住めるのよ。そういうところに入ってもらえばいいのよ」
芳江の住まいは駅から役場に向かった途中にある。周りは農家が多く田園風景に囲まれているが、商店は自転車ですぐのところにあるし、車ならありとあらゆる店に行ける環境だった。そんなところに鉄筋コンクリートのマンションができれば、風情がなくなるだろうと不満をいってるのだ。
「難しい問題ね。あっちが立てばこちらが立たず。上手い方法あればいいけど」
「やーね。あたしったら、皆に愚痴こぼしてるわ。今夜は加代ちゃんの里帰りを祝うつもりだったのに」
「あたしはバツイチだし、お祝いっていうのもね・・・」
「元気なくしてるかと思ったら、そうでもないし。よかったわ。ワンコインをぎゃふんといわせてよ」
「分かってるって」
芳江は加代とビールジョッキを高く上げて乾杯した。
春樹は盆休みにかこつけ喜左衛門を、思い切って一週間休業することにした。
そして家族旅行に出ていた。息子達は既に幼稚園児となり、いくぶん手がかからなくなっていた。
夕食も終え子供達は寝静まり、景子は春樹の酌を受けて冷酒を飲んでいる。
「子供ができてから初めての旅はどうだい?」
「いいわね。毎日同じ繰り返しで、気分転換したいって思ってたし」
「だろう。だからいってたんだよ。旅に行こうって」
「あなたの気持ちは分かってたけど、子供達と一緒だとお家にいるのと同じだと思ってたのよ。生意気なこというけど、最近はいうことも聞いてくれるようになったし」
「金なんか遣いきれないぐらいあるし、海外だってどこだって、行けるじゃないか」
「そういう気分になったら、いうわ。今頃梶山さん夫婦はてんてこ舞いしてるんじゃないかしら」
「そうだろうな。でも、冬の暇なときは適当に休んで旅もしてるからな」
「それも、あの人たちにしたらお仕事よ。どういうお料理を出してるのかとか、私達みたいに遊びできてるのと、違うと思うわ」
景子は夫の苦心を分かりながらも、梶山夫婦の頑張りを褒め称えようとした。
「そういう見方をしてやると、梶さんも波流美さんも報われるってもんだな」
その翌朝、宿の朝食は大食堂でのバイキング形式だった。
四人の子供達は案外おとなしくしているが、ときには甲高い声をあげた。それを気にした景子が、隣り合わせの夫婦に申し訳なさそうに頭を下げた。
「うるさくて済みません」
「いいのよ。私達にも同じ年頃の孫がいるし。あの子達も、どこかでこうしてはしゃいでるのは同じですから」
「そうだな。それにしても四つ児とは、ここまで大きくなるの、大変だったんじゃないですか」
「そうよね。それに、皆そっくりで、可愛いったらありゃしない」
「有難うございます」
長男の喜左衛門が椅子から降りようとするのを、春樹が叱りつけた。
「ちゃんと食べないと駄目じゃないか。喜左衛門はお兄ちゃんなんだぞ」
「皆同じ年なのに、なんで僕がお兄ちゃんなの?」
「そういう生意気いわないで、食べるときは食べるの」
「喜左衛門なんて、古風な名前なこと」
「商売やってて、その屋号を長男につけたんです」
そういって春樹は春雄、万蔵、越男と他の三人の名前もいった。
「いい名前ばかりですな。近頃じゃ芸能人の名前をつけたりする風潮があるっていうのに、皆個性的だ。よかったら一緒に飲みませんか?」
「朝からそんなに飲んで、大丈夫?」
「連泊するんだし、どこに行くあてもない旅じゃないか。ビールを飲んでるようだし、子供はうちの婆さんと奥さんに見てもらって、どうですか?無理にとはいいませんが」
春樹夫婦も骨休みが目的の旅で、今日もこの宿に泊まることになっていた。
「よければこちらにどうぞ。私がそちらに行きますから」
そういって老婦は子供達に近づくと、一人一人に笑顔で挨拶をし始めた。景子は自分の母より少し老けた婦人と、子供のことで話が合うようだった。
柔和で温厚な顔立ちの石塚老人は飲ませ上手で、たった今知り合った春樹が仕事のことまで話している。
「どんな商売にも波はありますね。私は会計士だったんで、バブル狂乱で自分を見失った人たちをかなり見てきました」
「うちはバブル景気とは縁がなかったです。地道な商売なんで。人を騙すような商売はしたくないし。かといって、このままじゃどうなるか分からない。そんなことを考えると、憂鬱になってきます」
コンビニやスーパーの経営は過当競争で大変だということは、石塚にも分かっている。それを統括する立場の春樹が、これから二転三転するのは想像がついた。
「なんか、辛気臭いこと話しちゃったみたいで、すいません」
「いやー。そんなことないですよ。あなたはまだ若いし、この先挫けるようなことが万が一あったとしても、奥さんとあの子供達のために頑張れますよ。別に頑張らなくてもいいって、思うときもあるんですがね・・・。私達の世代は何がなんでも我武者羅にやってきたもので、他人様にもついそういってしまう。悪い癖ですな」
石塚はそういって苦笑しながら、春樹にビールを注いだ。
「仕事は生きていくために。人生は仕事のためにあるんじゃないって、この年になって思うんですな。やり直しできるものなら、もう一度生まれ変わってやってみたいもんです」
仕事は生きていくために。人生は仕事のためにあるんじゃない。
名言だなと思う春樹だった。
加代は風越に戻ってきて旧知の人間ほとんどと再会したが、なにか物足りない思いが心の中で渦巻いている。それがなんだか分からないまま仕事をしだしたある晩、芳江から天麩羅屋に行ってみればといわれた。
「あれー。外国行ってたんじゃなかったの」
「ここの天麩羅食べたくて、帰ってきちゃった」
「嬉しいこといってくれるじゃないか。で、旦那さんは?」
「別れてね」
「そうかい」
「小母さん。まだ買い物から帰ってこないの?」
「そうなんだ。カボチャ買ってこいっていっただけなのに、カンボジアまで行って、畑で種撒いてんのか何してんだか・・・」
相変わらずのおとぼけぶりに、二人はそれぞれの気持ちを探るような感じで苦笑いした。
「はいよ。キスなんて散々して飽きてんだろうけど」
「からっとしてて、美味しい」
店の主は相変わらず駄洒落の連発で、それが加代には懐かしく感じられた。気取りがなくいつも飄々としてるそんな主を前にすると、気持ちが和んでくるのだ。
「これが今の女房代わりでね」
「えー」
主の年が正確にいくつだか知らないが、五十は越えてると思える。その彼が紹介した女性は、まだ二十代半ばにしか見えない。
「あたしより若く見えるんだけど・・・」
「女房と畳は、新しいほどいいっていうだろう」
「新しすぎ」
「ま、そういうなって。人生、楽しみがなけりゃ仕事にも身がはいらないし」
生き甲斐は人それぞれで十人十色だけど、この小父さんは女性なのか・・・。あたしは男は当分いらないけど、なにか見つけなきゃと思う加代だった。
「人生。色気がなくなったらお終いよ。そのために働きもするってもんだ」
「そんなもんですかね・・・」
それにしてもこの主が若くて美人な女性をどこでどう手なずけたのか、詳細を聞きたくなる加代だが、女性を前に聞ける訳もなかった。手酌で飲む機会が増えそうな加代だった。
野瀬は今後田舎っぺの加盟店になる者には契約期間を設け、中途解約した場合には違約金を徴収してはどうかと春樹に提案した。それに対し、春樹は反対した。
「ワンコインに寝返りを打つっていうのは、田舎っぺに魅力がないからかも知れない。それを一方的に縛り付けるのは、どうかな?それより、田舎っぺでずーっと、やりたいって思わせるようにしよう」
ワンコインの出店は雨後の筍のような勢いだった。それも田舎っぺの近所が多く、野瀬としては打開策を見つけられず頭を抱え込んでるのだ。
「このままじゃ、倒産を待ってるようなもんだ」
「いざっていうときは、それもしょうがないだろう」
野瀬は苦し紛れにいったのだが、春樹は本音でそう考えてるようだった。
「そうなれば、田舎っぺどころか、風雲舎だってやっていけなくなる」
「だろうな」
「会長だったら、もっと、真剣に事態を考えてくれ」
田舎っぺが快進撃を続けたのはワンダラーのそばに出店し、値段の安さとその新しい店舗スタイルで客を集めた。それが今は逆の立場になり、ワンダラーの系列のワンコインにその仕返しを受けている。ワンダラーが受けた衝撃がどういうものだか知らないが、野瀬は睡眠不足が続き苛立っていた。
「野瀬。もっと気持ちをおおらかにしたほうがいい。今の状態じゃ、解決できることもできなくなるぞ。奥さんと一緒に温泉でも行ってきたらどうだ」
「何を暢気なこといってるんだ」
「野瀬が一生懸命考えてるのは分かる。でもな、考えても結論が出ないんだろう。それで、お前は苛々してる。それじゃ、奥さんだって、可哀想だ」
「私はそんなこと、少しも思ってません」
「夫婦のことだ。お前には関係ない」
「関係あるんだよ。いいか。よく聞け!」
春樹は野瀬の胸倉を絞り上げるようにしていった。
「お前の子供は明るいのに、お前達夫婦が喧嘩してるって、泣いてんの知ってるか!女房子供を泣かせてまで仕事してくれなんて、俺は一度も頼んだことはない。社長のお前がそんなだから、家族だけでなく社員まで暗くなるんだ。田舎っぺの社長がうろたえてるなんてワンコインが知ったら、連中はここぞとばかりにもっと叩いてくるんだぞ」
春樹の口調はきつく、野瀬の襟元をつかんだ手を緩めない。
会長と社長という仕事上の立場でなく、友人同士だからこそいってるのだと思う野瀬結衣だった。
春樹の怒鳴り声で、景子が駆けつけた。
「やめて!子供達が見たらなんて思うの?他人の子供を預かってる身なのよ」
その言葉で、春樹が手を下ろした。
「悪かった」
野瀬健太郎は春樹にそういうと、結衣の肩を抱いて部屋に戻って行った。
「やりすぎよ」
「ああでもしないと分からないんだから、しょうがないだろう」
田舎っぺのトップページが様変わりした。新商品の紹介に続き社長の挨拶文か掲載されている。
創立三年にして加盟店は千軒以上に達しました。
加盟店主ならびにその関係者に深くお礼を申し上げます。
当社としましては今後とも加盟店とその地域の皆様の幸せを祈るべく精進していく所存です。
そのために商品開発と仕入れ確保に努めていきます。
また、今後は契約料として十万円を徴収いたします。
契約料は今回の一回限りとします。
契約続行を希望されない場合は不要とし、その時点で当社からの仕入れをお断りする次第です。
徴収期間は本年十二月十日とさせていただきます。
尚、新規加盟店様におきましては二年後の更新時に徴収するものとします。
田舎っぺの加盟店としての信用料だとお考えいただければと思います。
これを見た青木と吉村がほくそ笑んだ。
「格好つけていい子ぶったことやろうったって、そうは問屋が卸さないってことだな」
「ですね。それにしても、こんなこと、よく掲載しますよ」
ワンコインの二人はそう思ったが、田舎っぺの大部分の加盟店主は違う反応を示した。
馬鹿儲けはできないが、年金だけではまともな老後を送れない者が多い田舎っぺの店主。十万なら安いものだと、ほとんどが即日振り込んでいる。
そんなこととは知らず、ワンコインは相も変わらず加盟店募集に精を出していたが、秋口にかけてその数はいっこうに増えなかった。
田舎っぺの総会が名古屋で開催されていた。
店主達は久しぶりに会う会員と酒を酌み交わして盛り上がっている。
「老いぼれの爺に商売なんかできるかと思ってたのに、何から何まで教えてくれてここまできた。孫達に小遣いもやれるようになったし、たまにゃ温泉も行ける身分だ。これも田舎っぺのおかげよ」
「そうですよ。中にはワンコインに寝返ってるのがいるっていうけど、後で痛い目に遭うんじゃないかな。外資系なんかに、私達の気持ちなんか分かりっこないし」
「契約料だって餅つき機を買う資金だっていってるし、ワンコインみたいに本部のものになるのとは訳が違う」
米の粉で餅をつくったりパンを焼いたりできる機械を試作させていた野瀬は、それで新商品も開発していた。それをこの総会で話したのだった。冬は温かい物が売れるのが当然で、おでんや肉まんなどはどこでも販売している。それだけでなく、つきたての餅にベーコンを巻いた物とかチーズをはさんだもの。雑煮にしても元来ある和風出汁のではなく、ラーメンの中華スープで食べる。
政府が減反とはいっても依然として作付けしている農家は多い。その仕入先も確保している野瀬だった。
それで店主達はさすが田舎っぺだと感心してるのだった。
秋も終わり年末になると、田舎っぺのホームページには総会の報告が記されていた。それによれば、加盟店すべてから契約料が振り込まれたこと。また、新規加盟店が増加してるとも書かれていた。佳い新年を迎えるようにとも。
ワンコインでは秋口から契約解除する加盟店が日に日に急増し、春から加盟したほとんどが脱退していった。それで頭を抱えていた青木が血相を変えた。なぜなら、半年以内に契約解除した場合は違約金を払わずに済むという契約内容だったからで、その契約を得るのに一店につき六万円ほどの営業費をかけていたからだ。その店舗数が三百ちかかった。それだけでなく、既存の店舗までが中途解約をしないまでも、仕入高を押さえていた。さらには卸値をダンピングしていたことも重なり、損害はかなりの額に上りそうだった。
吉村は帳簿操作で三千万ほどの金を手にして消えていた。
田舎っぺにしてやられたと思うと同時に、身内からも裏切られた青木は顔面蒼白の年末を送った。表裏比興の者とはよくいったものだと、妙に感心しながら安酒を煽る彼だった。
風雲舎の子供達すべてが実家に戻った。それに合わせて万三郎は旅に出るといって留守にした。
年末から客を取らない風越荘では、梶山夫婦が商売のためによその宿を泊まり歩いていた。
小椋のその一角にいるのは村井と野瀬の家族だけだった。
野瀬健太郎は心地のいい正月を迎えた。
「ワンコインが三月で閉鎖するらしい。野瀬。弱ったように見せかけて逆襲に出るなんて、お前は真田昌幸みたいな奴だな」
「誰だ。それは?」
「歴史は面白いぞ。とくに戦国時代はな」
そういって高らかに笑う村井春樹だった。