だが、その陰で個人商店がばたばたと影を消していくのも現実だろう。それは都会と地方の区別なくでだ。
そういったことをテーマに、400字詰めで10枚ほどあっという間に書き進めた。
だが、それ以降はさっぱり筆が進まない。
書いては捨て、捨てては書き直すの繰り返しだ。
「三丁目の夕日」の茶川竜之介といえば、私のその苦悩しきった姿を簡単に想像できるであろう。
狭い部屋は丸められた原稿用紙や、落ちた煙草の灰やらで散らかり放題だ。
・・・・・
石崎ヒロミが病院で誰かを看病している。
その誰かが何者だか分からないが、その様子がネットのあるサイトで公開されていて、私はヒロミのその画像をダウンロードしている。
暑くなって気がつくと、それは夢だった。
夢に出ていた石崎ヒロミとは、
もちろん「三丁目の夕日」に出ているヒロインの小雪さんのことだ。
小雪さんの存在を知ってすでに10年以上たつのだろうか?
彼女を知ってからというもの瞬く間にファンになり、夢ではなく現実として彼女の画像を収集しているが、まともな画像がほとんど出回ってない。
だからこそ、いいものはないかと、夢の中ででも小雪さんの画像を集めようとしたのか・・・
その夢から現実に戻っている。
書いては捨て、捨てては書き・・・
というのは遥な昔のことで、ワープロ時代に鍛錬したローマ字入力で、推敲さえできていればかなり早いタイピングだが、寄せる年波にその速度も低下し、なお且つ、ストーリーテラーではなくなっているもどかしさもあり、遅々として筆が進まないのが現状だ。
おっと、筆ではなく、キーボードを打ち込む両指でした。
仮題「萬屋喜左衛門」という小説を書き始めて半月。
最初はハイペースで10枚を書き、その後もなんとか40枚書いたところでストップ。
テーマからそれた内容を修正するより、始めから書き直す。
だが、それでも行き詰ってしまう。
大上段に構えてるわけでもないのに、キーを打ち込む指がまったく動かない。
これはすなわち書く内容がないことになるが、私自身は書きたいのだ。
人物設定もできてるし、あとはそれをどういうふうにストーリーを展開して絡めていくか?
それだけなのだが、それがうまくいかない。
しばし、キーボードから離れ椅子にもたれては煙草を蒸すが、その時間が永くなってしまう。
そして、今までの自分のこしかたを振り返っている。
それで「萬屋喜左衛門」なんかより、他に書くべきことがあるんではないか?と自問自答している。
だが、それでも永年あたためてきた構想をここで断念するのは悔しいのだ。
また煙草に火をつけた。
温泉に行きたいとか、誰それに会いたいとか、脈絡のないことばかりが浮かんでは消えていく。
まるで今吸ってる煙草の紫煙の様にだ。
人間は生まれながら持ち合わせた能力というのがあり、それを活かすも殺すもその本人次第だと思っている。
運命などと大袈裟なことを振りかざす気はないが、
ここまで行き詰ってくると、さすがに自分の能力の限界を感じてしまう。
これは、自分には文章を構成する力がないのかも知れないと痛感する次第だ。
いや、20年ちかいブランクを経てのことだし、お前さんが焦る気持ちも分かるがゆっくりやれよと、もう一人の自分が囁いてくる。
知り合いの新潟県人から戴いたハタハタを肴に焼酎を飲んでる今、このハタハタが持つ滋味深さに胃袋が満足している。
私が目指す小説とはこのハタハタと同じで、旨味のあるあるものだ。噛めば噛むほど味わい深くなる氷魚でもいい。
だが、私が書く物は薄っぺらでパサパサなシシャモもどきにもなれないのだろう。
分相応とはよく言われる。
今の私はさしづめ 文不相応 な人間なのかもしれない。






