3 立志と煩悩
いつになく遅い梅雨が明け、都会でも濁った青空の日が続くようになった。
小此木陽太は終業式が済むと校門で待っていた父と、しばらくは学校やその周りを懐かしむように見ていた。
「どうだ?もう気が済んだか?それとも、このまま残ってもいいんだぞ」
「行く」
「そうか」
慣れ親しんだ道を自宅には戻らず、二人はそのまま駅に向かった。
家を見ておけばよかったかと後悔のようなものがあったが、八王子を過ぎ相模湖を抜けると両側に見える山並みの車窓に、陽太はすっかり旅人の気分でホームシックなどどこ吹く風といった感じだった。父の陽一郎が買ってくれたホットドッグを頬張りながら、彼は新天地の風越駅で降りた。
その陽太と夫を出迎えた小此木麗奈は、二人の肩に手をまわして抱き合った。
そんな家族を優しいまなざしで見ているのは万三郎だった。彼は挨拶もそこそこに、家族を風雲舎に案内した。
「奥さんも今日から風越荘でなく、ここに住むんですな」
「はい。色々と有難うございました」
「いいところじゃないか」
「なんにもないね」
「でも、陽太を苛める子はいないし、皆いい人ばかり」
「陽太君。ここは何もないから、自分で作らないとならないんだ。陽太君がいいの作れば、後から来る子だっていいのを作ろうとする」
「作るって、何を」
「君が欲しい物さ。何が欲しい?」
「アイスクリーム」
「それなら牛とか山羊を飼わないと駄目だな。乳を搾らないとならないしな」
「そんなの飼ったことないよ。犬なら小さいときいたけど」
「じゃ、やってみようじゃないか。牛は高いから、山羊にしよう」
「本当?」
「本当さ」
陽太の目が生き生きしている。
「山羊って、髭あるんだよね」
「そうだ。愛嬌があって、可愛い奴だ」
「飼ってみたい。早く」
「じゃ、ちかいうち一緒に買いに行こうな」
「本当に、山羊を飼うんですか?」
「勿論です。本当なら牛を飼いたいけど、ここはそんなに牧草もない。でも、山羊ならなんとか飼えるし」
麗奈は山羊のヨーグルトが好きだといい、陽一郎は息子だけでなく妻までがはしゃぐ姿に、ここへ来てよかったと思う。
野瀬夫妻が開発したサンガのホットドッグは、魚肉に大葉と玉葱のみじん切りを混ぜることによって、生臭みがなくなるばかりか食感と味もよくなった。肉と違って脂分の少ない魚肉は焼くとぱさついてしまうが、片栗粉とオリーブオイルを繋ぎにすることで解消できた。
サンガは本来鯵や鰯を使うが、多くが山国に店を構える田舎っぺでは新鮮な魚介類は入手しづらい。そこで、使用する魚類は各店舗に任せた。それにより、一般に出まわることのない各地の地魚が利用できることもあるだろう。そういうことも念頭に置き、結衣は事細かなレシピを一ヶ月ほど前、田舎っぺのホームページで公開した。
オリーブオイルと酢が効いたドレッシングで和えた千切りのキャベツと魚肉との食感がいいと、何人かが書き込んだコメントを返している。
実際、田舎っぺの店主もサンガを販売してはいるが、豚肉のホットドッグには敵わないのか、人気がないので作らないところが多いようだった。
ところが、人気のあるブログの管理人が田舎っぺのホームページを見て作ったところ美味しかったと書き込んだため、いっきに評判がたった。そうなると、田舎っぺの店頭には行列ができる始末だった。
「何でも宣伝の世界なのね」
「だなー。せっかく二人であっちこっち駆けずりまわってレシピを作ったところで、ほとんど見向きもされなかったのが、ブログのおかげでこの有様だからな」
野瀬夫婦が苦笑してるところに春樹がやって来た。
「これにサンガのこと載ってるよ」
春樹が見せたのは東京から来た客が置いていったタブロイド紙だった。
「へー。こんな新聞でも話題になってるのか」
「ドコサヘキサエン酸が含まれる魚のホットドッグは、子供の脳の発達にも効果ありだって」
「これを書いた記者も必死なんだろうな。ほんの少し魚を食べただけで頭がよくなるわけないのに、そうでも書かないと読者の目に留まらない。多分、そういうことでこれを書いたんだと思う。この記者は多分フリーで、人気がなきゃ契約を打ち切られるし」
「そうだろうな」
「ところでだ」
「うん?」
「田舎っぺのリベートを一律十パーセントに下げようと思うんだ」
怪訝な顔をする野瀬夫婦に、春樹は続けていう。
「法人にしてても半分以上は税金だ何だで消える。それなら店主に安く卸した方のが喜んでもらえるだろう。野瀬の取り分は今までどおりにするから、それでやって欲しいんだ。お前に任すといっておきながら、いまさらこんなこというのは筋違いだっていうのは分かってるけど」
「でも、風雲舎でこれから必要になるんじゃないのか?」
「叔父さんに援助しようかっていったら、金じゃなくて知恵だけでいいっていわれた」
変わった人がいるもんだと、春樹以上に無欲な万三郎に、野瀬は呆れ顔になった。
「分かった。今日からでも下げるようにしよう」
「済まないな」
「いや。そんなことない。元は村井の会社だし」
「それをいうなよ。今は野瀬に任してるんだからな」
「本当なら、あなたが村井さんが今いったことをいうべきだったのかもね」
「そうなんだよね」
村井は野瀬結衣を見ながら応えた。
「って、ことは、社長としての俺がいわなきゃいけなかったってことか?」
「そうよ」
妻と春樹が笑ってるのは、自分のことではないかと思う野瀬だった。
「俺の会社じゃなく、野瀬が社長で、千店舗の責任者だってこと、忘れるなよ」
改めてそういわれると、震え始める野瀬だった。
「責任重大ね」
「他人事じゃないぞ。お前だって専務なんだからな」
結衣が夫の健太郎を見つめ苦笑した。
「ところでだ」
「何だ。まだ何かあるんだ」
「泉町もいいところだけど、風越に引っ越さないか?」
「どういうことだよ?」
万三郎が買い上げた小椋に建てた風雲舎の隣に、風越荘が引っ越すことになった。空き家になるその後釜にならないかと、春樹がいった。
「そういうことか」
「あぁ。風越の人口増加と分校を守るためにもなるし」
「うちには小さいのが二人いるからか」
「そうだ。無理にとはいわないけど、奥さんと相談して決めてくれないか」
「私は賛成だわ。駅に近いし、喜左衛門の美味しい料理を毎日食べられるしね」
結衣は夫に考える間を与えることなく、春樹にお願いしますと応えた。
「おいおい。勝手に決めるなって」
「何いってるのよ。あなたは、風越の分校を潰す気?」
「否。そんなことはしないけど・・・」
「だったらいいじゃない」
「参ったな」
過疎の町で育った結衣にしてみれば、廃校は他人事に思えなかったのだ。
風雲舎の子供たちの声が草原に響き、山羊の鳴き声は長閑だった。
風越荘が小椋で見返り桜荘として新装オープンしたのは、春樹の子供達がすっかり言葉を覚え、それぞれの個性を発揮しだした頃だった。春樹夫婦とその子供達も見返り桜荘とともに居を構えていた。
麗奈は東京には戻らず、万三郎の手伝いで風雲舎に留まっている。子供たちの洗濯や料理。それに細々としたことを買って出た。ときには見返り桜荘の手伝いもこなした。
「若いのに、あんたはよく働くね」
「東京にいたときは部屋でじっとしてるだけだったのが、ここに来たら何だかやたらと体が動くみたいです」
「そりゃいい。健康にもいいしな」
「空気がいいせいですよ。陽太ものびのびしてきたし、いうことなし」
「でもな、ここではそうでも、実社会に出たら、また厳しい現実が待ってる。それをどう乗り切るか。大変なことだよ」
「えぇ。来年は高校だし。ここと環境もガラッと変わるでしょう。それが心配だけど、何とか自分で乗り越えて行くと思います。雨の日も雪の日も、皆とあんな遠くまで歩いて学校に通ってるし、きっと大丈夫」
麗奈は自分に言い聞かせるように、陽太のことを万三郎にいった。
「確かに強くなったっていうか、線が太くなった。物事に動じることがなくなったし」
「そうでしょう。昔ならちょっとしたことで、登校拒否してたのに」
「山羊の世話とか、花畑を作ったり。そういうので変わったんだろうな」
「今は梶山さんと温泉のことを研究してるみたいです」
「ここらなら、多分掘れば出ると思う。そうすれば、春樹が介護してる年寄り連中も有難がるだろう」
春樹は小倉に引っ越したことで独居老人達に弁当を配るだけでなく、ホームヘルパーとしても本格的な活動を始めていた。介護業者としての登録も勿論済ませ、専門のスタッフを五人雇っていた。それで一人につき三時間から四時間ほどかけて、身のまわりの世話を見させた。相変わらずボランティア同然で、介護保険料は最小限度で請求し、スタッフには月給で二十万支払っている。赤字分は喜左衛門と連結決算という形で補填していた。
梶山が抜けた後の喜左衛門は女性だけの調理師だった。
その中に美紗緒が加わり、春樹は彼女に焼き物と揚げ物を徹底的に仕込んだ。鶏だけでなく、味のいい店に彼女をあっちこっち連れ立って味を覚えさせた甲斐あってか、彼女はその後独自の食材を使った物をメニューに加えて好評だった。たとえば牛蒡を摺り下ろして鶏皮のみじん切りを混ぜ、それを椎茸につめた物。鯰の白身を山芋の摺り身とパン粉でまぶした物などだ。
その美紗緒の夫に転任の辞令が出されたが、義男はそれを拒否してあっさりと教師を辞めてしまった。今では風雲舎で子供達に勉強だけでなく、世の中の仕組みを説いている。
由紀は浩二と所帯を正式に持った。だが、浩二は相変わらず移動販売車で鶏蕎麦を売っていた。まだ一歳とちょっとでようやく歩き始めた子供のためにも、飲み屋の亭主で落ち着きたくないらしい。
加代が結婚して海外へ行ったことで、芳江は再び一人で田舎っぺを切り盛りしているが、相変わらずの頑張りで店を拡張していた。
そういった者達が見返り桜荘に集まっている。それだけでなく、里子に出している家族も来て、一面雪野面の中で、ここだけは赤ちゃんの泣き声やカラオケなどで別世界だった。
幹事役の浩二はそろそろお開きにしようとマイクを握った。
「小さな子供達もいることだし、ここらで各自の部屋に戻るようにしたいと思います。その前に喜左衛門の・・・」
そういうと春樹の長男の喜左衛門が、浩二に駆け寄ってマイクを奪った。
「僕喜左衛門。ドラエモンじゃないよ」
やんちゃ盛りの喜左衛門に皆がどっと笑う。
「こら。お前はおどけてばかりだな」
「村井さん」
そういう浩二に、春樹は逃げまわる喜左衛門からマイクを取り上げた。
「風腰駅の近くで便利なところからなぜここに来たかといえば、風雲舎のこともあるけど、万吉爺ちゃんが未開の地のあの風越を切り開いて蕎麦畑を耕したりしたのを聞いたことがあったからです。俺もここで、万三郎さんの開拓精神にあやかりたいって気持ちあります。叔父さんがなぜ山村留学をやりたくなったか詳しくは知らないけど、風越の分校が廃校になるのはなんとしてでも阻止したい。始めはそれだけだったけど、実際にそばにいて感じることがあった。雑木を一本ずつ切り倒したり山羊のために柵を作ったり、あの年でよくやるなって感心することばかり。自分が叔父さんの齢だったら、できないだろうってね。爺ちゃんが亡くなる前、俺によくいってたことがある。人間、欲をかきゃ恨まれる。だから、恨まれる人間になるなって。それは裏を返せば欲をかくなってことで、実際自分もそうしてきたつもりです」
赤ん坊は寝静まっているが、春樹の息子達やそれにちかい年頃の子供たちは落ち着きがない。それを、親達はなだめながら春樹の話を聞いている。
「今の世の中は何でもかんでも、お金や地位で価値観を決めようとする傾向が強い。俺、そういうの大っ嫌いだ。こういうことをいうのはある程度お金があるからいうのかもしれないけど、ない人にも俺と同じ気持ちでいて欲しいと思う。それで、俺はワンダラーを敵にまわして田舎っぺを立ち上げたけど、その人たちは皆俺の気持ちに同調してくれて、今は野瀬も頑張ってる。そして今、ニュージーランドから加代ちゃんも駆けつけてくれて、俺は本当に、いい人間に恵まれてるって、感謝してる。それもこれも、きっとこの風越っていう土地で育ったからだと思う。途中で来た梶さんや義男さんだって、今じゃすっかり土地っ子になってる。里子に出した親達にしたら心配や気苦労も多いと思うけど、安心して下さいっていいたい。自分さえよけりゃいいっていう、そんな汚い人間にだけは、させない自信はあるんで」
「それだけじゃ駄目ですね。俺も一介の教師の端くれだったし、教育にかけては人一倍情熱を持ってるつもりです。純真無垢だけでなく、競争社会でも引けをとらない人格形成をしてみせますから」
「そうか。それもいいな」
春樹は義男の酌を受け、乾いた喉にビールを流し込んだ。
「この義男さんが間違ったことを教えたときは、美紗緒さんに責任とってもらおう」
「えー」
美紗緒が素っ頓狂な声をあげた。
「うちの旦那じゃどうなるのか・・・」
皆がくすっと笑った。
「冗談冗談。義男さんなら、間違いないって。最後に俺の希望としていっておきたいことがある。いつかここを、風雲舎で育った人間や俺たちで理想の村にしたい。そのために土地を買い増しする。十町。つまり十万平米欲しいって、町にもいってある。それだけあれば、高校だって大学だって建てられる。否、学校よりも、ここを自給自足できる村にしたいんだ。そうすれば、厭な人間社会に出向く必要もなくなる。ここを、そういう村にしたい」
俺は酔ってるんだろうか?
いってることが皆に伝わってるのか?
春樹はいい終えてもマイクを持ったまま立っていた。
その彼にむけて拍手を送ったのは、一ヶ月前に入ってきたばかりの中里沙織の父親だった。彼は数年前田舎っぺが目の前にでき、夜逃げをしたワンダラーのオーナーだった。彼に続いて皆が春樹に拍手を浴びせた。
「ということで、今日はゆっくり休んで下さい」
「なんだい。いいこといった後に、それじゃしまらんなぁ。万吉親父が笑ってるだろ」
瀧がいった。
「私は村井君を恨んだけど、こうして戻って来れたのも村井君のおかげだと思ってる。娘だけでなく、親子ともども宜しく頼む。ワンダラーのことなら任してくれ」
「そりゃ頼もしいや」
春樹は子供達に格好良かったといわれながら部屋に戻ると、そのまま倒れ込むように眠りに陥った。
「お父さん死んだの?」
「馬鹿なこといわないの」
「お父さん死んだんだ」
四人が心配そうに春樹の顔を覗き込んだり触ったりしてる。
「お酒を飲みすぎただけよ。あんた達は大きくなってもお酒飲んじゃ駄目だからね」
「うん。僕飲まない」
「僕も」
四人がそれぞれにいう。
「でも、お父さんのように、立派な大人になって頂戴」
「なる」
またまた四人の輪唱だった。
「さ、もう寝なさい」
聞かん気の強い年頃だが、母の言葉に四人はいっせいに布団を被った。
景子は居間でテレビを見ながら除夜の鐘が鳴るのを待った。結婚する前も後も、鐘の音を聞きながら酒を少しばかり飲み、それで一年の反省をし新年の計を考えるのが習慣だった。
「子供達はすっかり寝たな」
「あら。お芝居したのね」
「あぁでもしないと、あいつらうるさくて寝ないしな」
「本当ね。手がかからなくなった分、口が達者になったし」
「でも、可愛いもんだな、子供は」
「ねぇ」
「うん?」
「あなたも小さい頃は、喜左衛門みたいにお調子者だったの?」
「どうだったかな。爺ちゃんに、よくお灸してやるっていわれてたから、聞かん坊だったんだろうな」
「他の三人はあまり騒がないのに」
「長男てこともあんじゃないか」
春樹はいつの間にか景子の徳利を口にしている。
「美味いな。こんな酒うちにあったか」
「陽太君のお父さんが持ってきてくれたって、さっきいったじゃない」
「そうだっけ?最後のスピーチのことで、頭いっぱいだったからな」
「あんなこといって、本当にできるの?」
「何だよ。女房が信じてくれなきゃ、やり甲斐ないだろ」
「だって、ここを理想郷にするなんて大言壮語みたいなこといってたのよ」
「大言壮語はないだろ。確かに理想だけど、万三郎叔父さんだって頑張ってるし、俺だって負けないでやるよ」
「野瀬さんがいうには、ワンダラーの反撃は激しくなってるっていうし」
「それに勝てばいいんだ」
「それはそうだけど、いつまでも思いどおりにいくとは限らないわよ」
「これから新年迎えるっていうのに、夫婦喧嘩はよそうって」
「喧嘩じゃないのよ。現実のことをいってるの。皆にあんなこといって期待持たせた挙句、うまくいかなかったら笑い者になるのよ」
「分かってるって。それより、これをもう一杯飲ませてくれないか」
「もう、飲みすぎなのに」
春樹夫婦の新婚気分はとっくになくなり、妻の権限がいささか強くなっているようだった。
景子が何本目かの燗をつけた頃、ようやく除夜の鐘が鳴り始めた。
「今年もいい年だといいけど・・・」
「厭な世の中だけど、ここだけはいいところにするんだ。露天風呂でも入るか」
「やめてよ。凍え死んじゃうわよ」
「死んで堪るかって。景子と四人の子供がいるのに」
そういうと、春樹はさっと立って部屋を出て行った。
春樹は誰もいないかと思ったが、梶山が風呂に入っていた。
「お疲れさん」
「あ、おめでとうございます」
「お互い、いい年にしたいもんだな」
「これからは村井さんに頼るだけでなく、提案できる人間になりたいって思ってます」
「いいことだ。俺も、誰かに縋りたくなるときあるし」
「本当ですか?」
「嘘いってもしょうがないじゃないか」
「ですよね」
「梶さんにも助けてもらうときがくるかもしれない」
「こっちみたいな人間に何ができるか分からないけど、そのときには役に立ちたいです。命の恩人だし」
「そのときは頼むよ」
梶山は黙って頷いた。
そこへ万三郎が入ってきた。
「先客がいたか」
「寒いのに、内風呂入ればいいのに」
「なぁに。昔の冬はこんなもんじゃなかった。銭湯もない時代はたらいに湯を入れて身体を洗った俺だ。こんなんでくたばるかって。それより、春樹。お前がさっきいったのは酔ってたからじゃないだろうな」
「理想の村にするっていうこと?」
「あぁ。俺は、お前じゃないが、ここをユートピアみたいにしたいんだ。お前のいうことが本当なら、願ったり叶ったりだがな」
「嘘じゃないさ。だから町に土地の買い上げもいったし」
「そうか。それなら心強いな。親父は大言壮語を言う癖があったからな」
春樹は女房と同じことを万三郎からいわれ、舌打ちしたくなった。
「有言実行だって」
「頼むぞ」
夜空でも雲の姿ははっきりと分かり、それが形を変えながら風で流れていく。
「雲っていうのは風で変わる。まるで、親の言いつけのように変化していく。子供っていうのはそうでなくちゃな」
万三郎はそういうと風呂から出て行った。
雲は次から次へと月の明りを受けながら流れて行った。