9歳になった猫の顔が物語るものとは・・・
ま、自覚を持てということでしょうが、それまでしてきたことが顔に表れるから、徳を積んでおけとも取れるでしょう。
これは男に限らず女性でも同じことで、うわべを装ったところで悪いものは化けの皮がはがれるし、その化けの皮を電車内やバスの中で塗りたくるのはやめてほしいものです。
由乃は9歳になりましたが、この2年ほどでかなり年をとってきたと思わせることが多い。
それ以前は仔猫のようなあどけない顔を見せてたのに、最近は憂いてるようなことがあります。
猫の9歳といえば人でいえば60代半ば。
体力だけでなく気力も衰えてるでしょう。
猫の思考能力がどれほどのものか知りませんが、人間のように年をとってきたと実感することがあるんでしょうか?
だとすれば、下のような画像の顔をしてもおかしくない。
否、こちらを警戒しててのことかも知れません。
9歳になった猫の顔が物語るものとは・・・
?まさか、お腹空いたとかじゃないだろうね・・・

由乃の正面のアップ画像はこちらです
穏やかな夕暮れ間近
画像では後ろを向いてますが、主の姿をじっと見てたものです。
その主に私が近寄ったため、猫は離れてしまいました。
それでも猫が主に寄せる信頼がよく分かり、飼ってるのかと聞けば飼ってはないが・・・と曖昧な返事。
その居酒屋に去年の秋行けば、その猫はすでに病死してるとのことでした。
亡くなってた場所へ翌朝行き、あげるつもりだったシーバを花の代わりに手向けてきました。
亡くなる猫がいれば新たに生を受けるのもいる。
猫1匹亡くなったところで嘆き悲しむのは飼い主だけでしょうが、通りすがりだったのが縁あって再会しに行った私とて淋しい思いに駆られたものです。
そんな函館へ行きたくてこの猫のことが思い出されたのか・・・
否、そんな遠くへ行ったら、由乃とクロのことが気が気でなくなる。
じゃ、せめて熱海ぐらいならいいだろう。
旅行しないためにデジイチ売ったんじゃないのか?
そうだけど・・・
我慢だ!
半年も旅に出てないと鬱積してくるのか、家から飛び出したくなってくるようです。
穏やかな夕暮れ間近の通りで、この猫は何を思ってたのだろう・・・

朝から雨で、由乃は交換したダンボールにずっと入ったままで、クロも一緒です。
以前のより大きくて長いダンボールは、2匹が入るのにちょうどいい大きさのようでまったりしてます。
そんな2匹がいるのに、わざわざほかの猫を見に旅に出ることもないだろうに・・・
否、海辺の宿で新鮮な魚介類が食べたいだけなんで・・・
贅沢ですかね・・・
猫とバラの日々
由乃とクロが寝るすぐそばに咲くバラがナメクジを誘き寄せ、それをクロが食べてしまうので去年根っこから抜いたはずなのに、蕾が付いたたかと思うとあっという間に開きました。
山椒も棘が危ないので抜いたのに生えてきてるし、植物の生命力に驚かざる得ません。
そんなバラの前で由乃とクロに食事を出しました。
よほど空腹だったのかがっつくように食べてました。
こちらはといえばそんな2匹を前に、母が亡くなる前自力歩行できてたとき、懇意にしてくれてた茶飲み友達のKさんと調布の深大寺へ行き、そこで買ったバラの苗を育ててたのを思い出してました。
そんな曰くつきのバラを、草葉の陰から抜くなといってる母なのかも知れません。
クロがナメクジを食べ、それを駄目だと諭すことなどできませんが、旨くなかったんでしょうか、最近は手で触るものの口にしてないようです。
それに道路を渡るときは必ず左右確認してるのを見てるし、結構学習機能が高い猫だと思います。
それに対し由乃がかなり高いところから道路に飛び降りたのを見たとき、ヒヤッとさせられました。
なんの確認もしなかったからです。
そんなことを思いながら2匹とバラを見てました。
風薫る優しい緑に真紅のバラ。
酒とバラの日々もいいけど、私には猫とバラの日々がしばらく続くようです。
尾崎紀世彦さんの五月のバラを聞きながらこの記事を書いてました。

お帰りはこちらです
習うより慣れろ
人から見れば、猫は日がな寝てて、それ以上落ち着くことないだろうと思うものの、それなりにストレスを感じることがあるのでしょう。
親猫だか兄弟猫が爪とぎを見せてますが、仔猫が脇目してるようです。
ちゃんと見てるのかといいたげな猫は自慢気だろうに、仔猫のやる気のないこと・・・
職人稼業の私は年配者から、習うより慣れろとよくいわれました。
この仔猫を撮影したのはかなり前で、成猫になってるだろうし、今は立場が逆転し、ほかの仔猫によく見てろと爪とぎを教えてるのかも知れません。









